相馬偽都旧跡の図
(『相馬日記』高田與清 挿絵 鍬形蕙齋)
奈良女子大学学術情報センター所蔵
「守谷野は、いとひろき野にて、目も遥かに見かすばかりなり。これ相馬の偽都(いつわりのみやこ)のかまえの内にて、もののふ(武夫)らがいむかい(射向かい)し跡なりといへり、平の台といふは、いとたかき岡にて、ここぞ将門がすみし所なる、また、めくるめくばかりの深きほりきをわたりて、八幡郭にうつる。(中略)がうしうが原といへるは、田中の離島にて、たてぬきに上道一里あまりの広野也、むかし淡海のめぐれる時は、えもいわぬけしきの島なりけんとぞおもひやらるる、今この野中をがうしう海道(郷州街道)とよべり。」
たつ波の 風にあれけむ 辛島(からしま)の 広江はあせて おともきこえず