・山車
山車を出す事に関しては、先述のように青年会が町内会・氏子会を説得した。平成17年5月から7月にかけて坂町の大工高橋林一郎氏が昼夜をいとわず懸命にケヤキで山車を作った。仲下町の山車を参考に、各地の色々な山車を見てデザインし、工夫して作った。現代人に合わせ軒を高くしたので、横も広くしたかったが、道路幅の関係から広くできなかった。祭前日に漸く銅板の唐破風屋根が載るといった具合で、周囲の金具は翌年に東京の望月板金屋に付けてもらった。
踊り舞台の幅は囃子舞台の幅よりやや狭くなっている。両舞台の周囲を欄干で囲み、山車正面上部の右に「坂町町内会」、左に「新町町内会」の提灯、両袖には「和新町」と「和坂町」の提灯が交互に5個ずつ計20個下がる。唐破風正面に扁額「和会」、奥正面に幣束を祀る。前面上部は三つ巴紋を染め抜いた紫の幔幕が囲み、舞台奥の上部に踊りの面が並ぶ。囃子舞台の奥両袖には昭和33年製作の大幟「斎祀素戔嗚尊」をリサイクルして使用している。囃子舞台の前両脇に大麻[おおぬさ](紙垂の付いた大榊)を立てる。天井に障子を付けたので毎年張替、良く回転するように樫製の心棒にハゼの果皮から採った木蝋[もくろう]を塗る。木の車輪で、移動には平成17年の当初からジャッキを使用、留まる時は車留を使用している。坂町新町がジャッキを使用してから、他の山車もジャッキを使用するようになった。使用すると方向転換が楽で、タイヤの傷みも少ない。
大正期にはリヤカーを改造した山車で舞台はなかった。昔、子供達は酒樽で作った樽神輿を担いだ。いつの間にか山車も神輿もなくなった。坂町公民館で実施される8月末の灯籠祭には、山車を出して楽しむ。
・囃子と踊り
青年会は坂町約40名、新町約20名の計60名からなる。囃子連を「和[なごみ]会」といい、青年会と子供会は背中に「和」と記された朱色の長半纏を着る。両衿にはそれぞれ「坂町なごみ会」「新町なごみ会」「坂町子ども会」「新町子ども会」とある。貸出用の祭半纏が足りなくなったので今年新調した半纏はオレンジの色がやや濃く、袖の返しの紺色模様もやや濃くなっていて、値段は15,000円であった。仲下町から囃子を習ったので、掛け声は同じ「ソーレ、(ウン)、ソレソレ」である。
子供会約30名は7月4日から毎日午後7時から8時半まで1時間半、真剣に練習している。