守谷町の中央北端にあり、社寺林を取り巻く大きな林や最近極めて少なくなったマツの平地林があります。北および南は谷津が囲み小貝川の水系に至り、常磐新線車両基地が工事中です。西側は守谷・小絹線の松並木(H)を界してクレトイシ(株)(I)に接しています。
コース:永泉寺(A)背後の路は植物に閉ざされています。通行可能な道を選び北園公民館から参道(B)を通り、さらに北へ抜け台地裾(D)を一周するコースを地図上に点線で示しました。谷津対岸の林縁(E)から牛久守谷線(F)に至る路はほとんど通れません。
植物:南から永泉寺(A)に至る参道(B)は約500m、ヒノキが列植され点在するモミの大木は遠くからも望むことができます。境内近くにはソメイヨシノの並木が続きます。公民館側寄りに参道と平行して通じる道(C)は、スギ・ヒノキの列植にケヤキ・コナラ・シラカシが混じる林に囲まれ参道と共に観察、散策路に好適です。北側台地裾(D)には、コナラ・エゴノキ・イヌザクラなどの夏緑樹林があります。低木が少なく最近まで下草刈が行われたと推察され、かつての里山の景観をとどめています。近辺の水田(G)や水路沿いの湿地は、湿地植物の観察に適します。境内の西側、松並木に至るまで約4~5ヘクタールの林(J)は、かつてスギ・マツの造林地でしたが久しく放置されたため、コナラ・エゴノキ等の夏緑樹やシラカシ、低木のヒサカキが増え、高木の倒木も加わり通行困難です。林床にはマンリョウ・フタリシズカなども見られます。
昆虫:永泉寺周辺の雑木林では、茨城県南部で減少しつつあるアカシジミ・オオミドリシジミ・ミズイロオナガシジミといったミドリシジミの仲間が6月から7月にかけて比較的多く発生します。また、オオミズアオ・クロナガオサムシなど森林性の昆虫類が見られます。しかし、早春まだ林床の明るい林内を飛び交うミヤマセセリの数は激減しています。アカマツ林では、5月にハルゼミの声を聞くことができますが、その発生数は減少傾向にあります。こうした林周辺の湿地では、ハラビロトンボやオオシオカラトンボなどの姿が見られます。
鳥類:北側の小貝川水系と湿地には、コサギ・ダイサギ・ゴイサギ等のサギ類やコチドリ・イソシギ等のシギチドリ類の他、カワセミも見られます。林ではシジュウカラ・メジロ・ホオジロなど森林性の鳥が現れます。しかし、ワシタカ科の鳥類が好んで営巣に用いる松林がありながら猛禽類は見られません。これは幼鳥を餌とするカラスの大群が、畜産施設付近を好んで生息しているためと考えられます。
社寺遺跡等:永泉寺(A)は、平将門(たいらのまさかど)が天台宗として創建、天正元年(1573)浄土真宗として堂宇が再建されたと伝承されます(守谷町史)。石仏石碑が路傍にないのは周辺に旧集落がないためと考えられますが、教育委が平成8~10年に実施した永泉寺東遺跡発掘調査で、土塁堀(K)、縄文時代と古墳時代の住居跡(L)が確認されました。古い時期の出土遺物は縄文早期と前期の土器片で、前期後半の浮島式土器は住居遺構とともに検出されています。当時、現在の小貝川、鬼怒川流域の低湿地帯は古鬼怒湾と呼ばれる入り江を形成し、その沿岸台地は人々の生活の場として格好であったようです。永泉寺東遺跡は古鬼怒湾から派生した谷津に面する台地遺跡の一つです(遺跡調査報告書)。周辺には他にも多くの遺構が眠っていると考えられます。松並木(H)は明治初期の地図にも見られ、小貝川常総橋から永泉寺参道入口を経て294号に至る牛久守谷線(F)旧称笠間街道(かさまかいどう)は古くから重要な道路でした。
マナー:この付近は人通りが少なく山林中の路の多くは通行困難です。安全に留意し、遺跡や植物を損なわぬようにしましょう。公共の駐車場やトイレはありません。