こどもは風の子、野原の子。昔の子どもは地に付いた生活をした。それは遊びでもあり、仕事でもあった。室内でゲーム遊びばかりしている今より健康な生活である。ここに良画を得て当地方の自然に接している子どもたちの姿を野遊びとして示し、昔の農村の子どもの生活を偲ぶよすがとした。
羽子板は買いますが、羽根は手作り。ムクロジの実を珠にしてトリの羽を3本差し込みます。晴れ着でおしとやかに遊びましたが、今はバドミントンに変わりました。
マダケの竿は2メートルぐらい。足のせはマツまきなどをフジヅルで結わえました。高いのにゆっくりゆっくり竹をしならせて歩くのを見るとうらやましかったものです。
雪が少ないと、雪だるまは泥で真っ黒でした。木炭や松ぼっくりを使って、雪つりをしました。
芝焼きは田の畦(あぜ)などで行います。冬のことです。勢いよく火があがるとハンテンを脱いでたたいて消しました。
春の彼岸ごろ、ヨモギの新芽を小ざるに摘んで草餅をつくってもらいます。ついでにツクシも採りました。
ネザサやメダケで竹鉄砲を作りました。弾はスギの雄花、ジャノヒゲの実、ちり紙をかんだものなどを使いました。スギの弾はいい匂いがしたものです。
梅雨の晴れ間に石けんを溶かして、麦わらを使ってとばしました。石けん水に松ヤニを入れると、虹のような色が出ます。
大麦の黒穂病菌のついた穂をクロンボといいます。これは抜いても叱られませんでした。学校の帰り道、賑やかに鳴らしました。
篠竹の先に木綿糸をつけ、スルメやカエルの足をえさにして、バケツ一杯釣れたこともありました。
庭のトンボを竹ぼうきでたたいで捕ります。つぶれてしまうこともありました。シオカラトンボやギンヤンマが多いです。
用水堀でセキショウモやクロモの中を手拭いですくいました。バケツや洗面器の中で、メダカは何日かは生きていました。
軒下によくオニグモの巣がありました。竹の先に針金の輪をつけてこの巣をからませて虫捕り網とします。主にセミやトンボを捕りました。
イナゴは稲刈りの頃、手拭いの袋に竹筒を口に付けて使い、一晩たって糞を出してからゆでて干しました。小学生の時、クラスでイナゴ取りをして置き時計を買ったことがありました。
小松林によくハツタケが出ました。細い篠竹(アズマネザサ)に差して帰りました。学校の行事にもなっていました。
どこの家でも飼っていました。子どもたちが世話をします。イナゴやミミズを捕ってきてやるとよく卵を生みました。
葉っぱがお皿で、イヌタデ(あかまんま)の花を赤飯に見立てました。十月ごろのことです。
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竹かごに仕掛けをしてスズメを捕りました。冬の遊びです。一度に二羽くらい捕れたこともあります。
シラカシなどでY字形の枝を柄にし、太い丸ゴムや板ゴムを縛って作ったパチンコ。弾はカシの実やビー玉。まぐれで雀に当たったことがあります。
マダケで作ります。ナイフは肥後守(ひごのかみ)(折り畳み式のナイフ)や切り出しで、いつもポケットに入っていました。
薪(まき)で風呂をわかすのは子どもたちの仕事でした。火消し壺(つぼ)に座って本を読んだり、イモやスルメを焼いて楽しみました。つるべ井戸で風呂の水汲みは重労働でした。