農村のため池

258 ~ 259
守山弘

 水田は水を必要とするので、水が不足しがちな場所ではため池を造る。ため池は水生植物の遺骸や周囲から流れ込む泥などで浅くなっていくので、時々、泥上げをする。この池さらいが毎年場所を変えて行われていることがトンボなどにとって有利に働いているようなのである。

 農業環境技術研究所では伝統的農村のモデルのなかに毎年新しい池をつくってきたが、後からつくった池のほうがトンボの個体数が増えるという現象がみられた。たとえばオオイトトンボは、最初につくった水辺である林に囲まれた池(1986年完成)では造成初年度には1頭もみられなかったが、翌87年には個体数が増加した(図1)。これは86年には見つけることができなかったが、ごく少数のトンボが入ってきて産卵し、それが翌年羽化したものと考えられる。ところがこの年の6月に完成した用水路では、林に囲まれた池でその年に羽化したのと同じ数のトンボが造成初年度から観察された。だからこのトンボは林に囲まれた池から移動してきた個体ということになる。

 オオイトトンボはどの池でも造成2年目までは個体数が増加していくが、3年目以降は減少する。これはオオイトトンボが抽水植物がまばらな水面を好むためである。そして用水路が造成されて2年目の89年につくられた谷津田のため池では、その年用水路で観察された数よりもずっと多くのオオイトトンボが最初から棲んでいることがわかった。

 造成初年度の池は泥上げされ、水を張られたばかりの池と同じ状態である。だから年を変えて池をつくっていくことは、年を変えてため池の泥上げを行っているのと同じになる。このような管理はトンボを増やす働きをするらしい。

 考えられることは、羽化が産卵の翌年になるため、その間に抽水植物が茂ってしまい、自分達が産卵された池が産卵に適さなくなったということである。もしその池の近くに1年遅れでつくられた(泥上げされた)池があったらどうだろう。そこの抽水植物は自分達が産卵されたのと同じ状態になっているはずである。そこでオオイトトンボは新しい池に移動し、そこに産卵するだろう。こうしてオオイトトンボは新しく泥上げされた、抽水植物のまばらな池を移動しながら個体数を増やしていくと考えられる。

 ところで、ため池の水を落として泥上げをすれば、その池のトンボのヤゴはすべて死んでしまうので、周囲からトンボが移動してこなければ、トンボはいなくなってしまう。

 新しい池をつくってそこに移動してくるトンボを調べたり、周囲の水田へ広がっていくトンボを調べたりした結果、多くのトンボが1km以上移動することがわかった。また筑波稲敷台地に多く存在するため池は1km以内の間隔で隣りあっていることもわかった。この間隔なら多くのトンボが別の池から移動してこれるので、池の泥上げをしても、水を張るとすぐにもとのトンボ相は回復していたということができる。しかも池の泥上げが場所を変えながら行われていた時代には、トンボを増やす働きをしていたと言ってよいだろう。

 トンボの移動は池で羽化したトンボが成虫になったとき行われるが、水田で幼虫時代を過ごしたミズカマキリやタガメ、ゲンゴロウ類やガムシ類なども成虫になったとき、越冬のため、ため池に移動することが報告されている。このとき前の2種では1km以上の移動が確認されている。このことから新成虫が新しい水辺を求めて長距離移動することは多くの水生昆虫で行われていると考えられる。

 ため池に相当する自然の水辺は洪水が後背湿地に残す深い池で、この池を県南地方では「オッポレ」と呼ぶ。「オッポレ」は短い間隔では並んでいない。だからこうした水辺の、しかも水生植物の遷移のある段階を必要とする水生昆虫は、生息に適した水辺を求めて、後背湿地を長距離移動する習性を持っていなければならないのである。

 後背湿地では河道から離れるほど洪水に襲われにくくなる。だからこのような場所にある「オッポレ」は洪水が来ない間は植生遷移が進み、抽水植物が繁る水辺へと変化する。一方、今まで河道から離れていたので洪水に遭わなかった水辺は、河道が近くに移動してくると洪水に襲われ、植生が振り出しに戻る。つまり後背湿地では河道が近づいたときに洪水によって撹乱されるので、植生豊かな水辺は、次々に場所を変えながら植生初期の状態に戻っていくのである。ため池に見られる泥上げのローテーションはまさにこの肩代わりということができよう。

 現在は河道が改修されたうえ、洪水も制御されたりして「オッポレ」が少なくなった。だからため池は「オッポレ」の代替としてますます重要になっている。

 住宅地の調整池は現代のため池の一つである。この池を生き物が住める構造にすることにより、ため池を1km以内の間隔でつくった昔の土地利用を現代にふさわしい形で再現することが可能になるのである。

(前農林水産省 農業環境技術研究所 資源・生態管理課上席研究官)