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『守谷のふるさとかるた』解説
うみのあと かくしょにのこる かいのつか
海のあと 各所に残る 貝の塚
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縄文時代(約一万年以上前)の頃、守谷は台地以外の低地は海か沼か、湿地でした。人々は山野で鳥や獣を狩り、海や川で魚や貝を捕らえて生活をしていたようです。食べた貝の殼などを一ヶ所に捨てた所が貝塚といわれ、その中から動物の骨や石器などが出土することもあります。