(1) 逆谷地の湿地堆積物

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 逆谷地の中央部でおこなわれたボーリングにより12.35mの厚さの湿地堆積物が確認されている(赤羽・酒井・吉田,1991)。このボーリングでは、地表から45cmまでが現生の植物遺体、45cm~12.35mまでは一部に火山灰層や砂層・シルト層をはさむ泥炭層、12.35~15mまでは風化した飯縄火山の凝灰角礫(ぎょうかいかくれき)岩であった。このような10mを超す厚さの泥炭層が現在まで連続して形成されている湿原は、たいへんめずらしく、いつごろから泥炭の形成が始まったのか興味がもたれた。また、この湿原の北西端でおこなわれた深度217cmの掘削では、深度106~129cmに火山ガラスからなる火山灰層がはさまれていた。この火山灰層は、約2.5万年前に九州鹿児島の姶良(あいら)カルデラから噴出した姶良Tn火山灰層(AT)であることが確認された。また、深度200cm付近の泥炭層の14C年代測定では、27,650±1,100yrB.P.の結果が得られている。

 いっぽう、過去の周辺域の植生や古気候を復元するために、この泥炭層の花粉分析がおこなわれた。その結果、この泥炭層は花粉組成の特徴によって、下位からS-Ⅰ・Ⅱ・Ⅲ・Ⅳ・Ⅴ・Ⅵの6の花粉帯に区分された。最下部のS-Ⅰ帯はトウヒ属とスギ属、Ⅱ帯はトウヒ属・モミ属・マツ属・ツガ属、Ⅲ帯は針葉樹に落葉広葉樹が交じる。Ⅳ帯はツガ属・トウヒ属・マツ属・モミ属、Ⅴ帯はナラ属・カエデ属・ブナ属・ニレ属-ケヤキ属・クルミ属-サワグルミ属、Ⅵ帯はマツ属・スギ属・ナラ属・ブナ属・ソバ属などで特徴づけられることがわかった。これらの特徴からⅠ帯は最終氷期の始め、Ⅱ帯はきわめて寒冷な気候を示し、約6~5万年前の最終氷期の初葉に当たり、Ⅳ帯の寒冷な気候は約2万年前の最終氷期の最寒冷期、Ⅴ帯は温暖な気候の縄文前期~中期、Ⅵ帯はソバ属やマツ属の出現から平安時代以降に当たるとした。

 これらのデータからこの湿原の堆積物は、約7万年前から現在まで、谷状の地形を埋めるように発達した長期間の湿原堆積物からなることがわかった。