長野市で「セント・エルモの火」と呼ばれる発光現象が観測されたことがある。これはめったに観測することができない、たいへん珍しい光であるが、この光を長野測候所(現在の長野地方気象台)が観測している。
このときの状況については、長野地方気象台の昭和25年「気象月表原簿」にこまかに記録されている。珍しい現象なので、今回、閲覧させていただいたそのときの記録にもとづいて、状況を紹介したい。
「セント・エルモの火」が観測されたのは1950年(昭和25)1月10日の夜である。10日朝の気圧配置は、能登半島沖と紀伊半島沖に低気圧があり、いわゆる〝二つ玉〟の形で本州をはさんで発達しながら東進しており、そのため朝方から降雪が始まっていた。これらの低気圧は、夜に入ってから本州を通過したが、長野のこの夜は強い北風が吹き、雪も強く降りしきるため見通し(視程)も悪くなり、200m先もよく見えないほどであった。
このような状況のなかで、測候所の隣りにあるNHK長野放送局のアンテナのワイヤーに青白い光が2~3分間見られた。不審に思った測候所員が所内にある高い測風塔にのぼってみたところ、測風塔に備えつけてある「ダインス自記風圧計」の矢羽根の上端から、シューシューという音をたてながら、燃えているガスこんろの炎のような、うす青色の光(セント・エルモの火)を観測した。光の広がっている長さは約40cm、光の高さは最大で5mmほどであった。この光は、風が息をするようにときどきその光度を弱めたりしていた。よく見ると、隣りにある「自記風向計」の矢羽根の先端からも、同じく蛍火のような光(セント・エルモの火)の出ているのが観測された。光と音は強弱を繰りかえし、20時30分ごろから3時間ほどつづき、23時30分ごろにはまったく見られなくなった。その夜の雪質はしめり雪で、降雪量も翌11日朝にかけて最深積雪は44cmとなった。
この「セント・エルモの火」と呼ばれる発光現象は、雷雨など嵐のピークを過ぎるころ、船のマストや山頂の事物、航空機などのとがった部分に、かすかな音をともなって発生する。大気中の二つの電極のあいだに高電圧がかかったときに生じるコロナ放電だという。夏に多くみられるようであるが、ときにはこの日のように激しい雪のなかでも起こる。