日本の夏緑(かりょく)(落葉)樹林を構成する主要な樹種であり、北海道から九州までと中国東部に分布する。木の高さは20mにも達する落葉高木で、長野市周辺の山地でもふつうに見られる。切り残された大木があちこちにあって、長野県内には目通りの直径1m以上の巨木が12本も知られ、それぞれ天然記念物や名木として残されている。6~8月のころ、丸い葉のつけ根から出た長い柄の先にたくさんの小さな花をつり下げる。花の柄に細長いへら状の苞葉(ほうよう)をつけるのが特徴で、秋に丸い種子が熟すると羽の役目をして風で飛ばされる。花は地味だが香りがあって、この花から採れた蜂蜜をとくにシナ蜜と呼ぶほどである。
シナノキは器具材やパルプ材に使われるほか、樹皮の繊維が強いのでシナ布(ふ)やシナ縄(なわ)に昔から利用されてきた。カラムシやアサが中国から渡来する前は、近くの山にいくらでも自生するシナ皮がよく使われた。とくに水に強く、酒や醤油(しょうゆ)をこす袋、船や土木用の縄、魚をとる網なども作られた。長野市近辺の山村でも、シナ皮で作った蓑(みの)はビニール製の雨合羽(あまがっぱ)が普及する昭和30年代まで使われていた。シナノキの繊維を加工する伝統技術は、県内ではわずか残されているが、山形県や新潟県等では特産品作りに現在も伝承されている。
信濃の語源の一説に、シナノキの繊維から作るあらくてじょうぶな信濃(しなの)布がかかわっている。信濃国から献進されたという正倉院の御物はカラムシ説が有力となったが、シナノキが多く自生する土地には違いない。
シナノキによく似たなかまには、葉の大型なオオバボダイジュが野生している。野尻湖で最初に見つかったノジリボダイジュは、シナノキとの雑種と考えられている。お寺などに植えてある菩提樹(ぼだいじゅ)は中国原産のボダイジュで、ヨーロッパの「泉にそいてしげる菩提樹(ぼだいじゅ)」(リンデンバウム)は、街路樹で知られたセイヨウシナノキである。