家畜のえさ、わら屋根の茅(かや)(ススキ)、堆肥(たいひ)や水田の緑肥(りょくひ)の材料などは、どれも土手や茅場(かやば)で刈りとった草が使われた。毎年同じことを繰りかえしつづけると、そこは採草地となって草原が持続する。もっと人手が加わったところが畑や水田の耕作地で、雑草は取れば取るほどはびこってくる。しかも、作物とよく似た形で生活できる雑草ほど生きのびる。
この多くの雑草は、農耕文化とともに南方や中国大陸から伝わってきたと考えられ、渡来期のはっきりしている帰化植物とは分けて史前(しぜん)帰化植物という。草原に咲く草花も、森林の国、日本へはかつて外国から渡ってきたものではなかろうかという説がある。