長野市の周辺は、もえぎ色の芽ぶきから始まって夏の深緑、紅葉の季節からはだか木の冬へと、あざやかに変身する夏緑樹林におおわれている。それにもかかわらず、代表樹種のブナは飯縄山にわずか見られるだけである。多くの土地ではカラマツなどの人工林となったり、薪炭(しんたん)用に繰りかえし伐採されたため、ブナ林は消滅してしまった。
ところが、早くから大勢の人びとが住みついていた標高の低い、長野盆地周辺ではどうだろうか。この一帯は、野生のカシもなければブナもない土地として、以前から話題となっていた地域である。
本州中部の内陸部にあたる長野や上田盆地では、年平均気温が11~12C°と高い値を示している。この数値から見るかぎり、年中緑葉をつけた暖温帯の常緑樹林におおわれてもふしぎではない。しかし、現実には常緑のカシなどの木はあるがすべて植えたものであり、天然生の野生樹はどこをさがしても見あたらない。ましてや、暖温帯の指標栽培種となっているお茶畑やミカン類の露地(ろじ)栽培は皆無である。
このような特異な地域については、じつは古くから注目されて論争の的であった。かつてはカシ林があったはずだが切りつくしてしまったのだ。いや、夏緑樹のブナ林であったが斧(おの)と野火で消滅してしまった。あるいは、もともと両者ともなく、暖温帯と冷温帯の移行(いこう)地帯だから中間帯と呼ぼうとか、さまざまな見解が1890年(明治23)ごろから100年にもわたって出されてきた。
近年になって、気温と植物分布の関係から積算(せきさん)温度による暖かさの指数と寒さの指数が算出され、常緑のカシ類にとっては冬の寒さがきびしすぎる土地であり、ブナにとっては逆に暖かすぎる場所であることがわかってきた。この理論値から換算すると、標高600~700m以下の地域が該当する。もちろん、気温や植物分布から求めた数値だから1本の線で区分されるものではなく、ある幅をもったゾーンと考えたほうがよい。
中間温帯とは、このような移行帯の地域を指している。