かつて千曲川が流れた跡は、低くなって湿地状となっている。このような旧河道を利用して、綿内地区では今もレンコン(蓮根)が栽培されている。蓮根はハス(蓮、スイレン科)の根のことで、花のあとがハチの巣のような形から古名をハチスと呼んでいた。
勝間田(かつまた)の池はわれ知る蓮(はちす)無し
然(しか)言ふ君が髭(ひげ)無きごとし(『万葉集』)
日本のハスは中国から伝わったとされているが、大賀(おおが)ハスは2,000年も前の種子から花を咲かせたもので、そのころすでに植えられていたと考えられている。インドではさらに古く、めでたい花で仏教に取りいれられてきた。仏花ではあるが花が美しいので、わが国では観賞用に多くの品種がつくられた。奈良、平安時代には、宮中でハスの花見の宴が催され、江戸時代になると100品種を超えるほどに増えている。世界でハス属はわずか2種。北アメリカにある黄色花のキバナハスとの交配もされている。最近は1属で独立させ、ハス科とする説もある。
レンコンも早くから食べたが、中国から食用品種が入ったのはそう古くなく、明治以前のものは各地でそれぞれ地方種となり、そののち、経済品種が導入されて広まっている。すでに明治初年には、綿内6,400貫、松代1,500貫の生産高があり、「長大美良、遠近へ輸送」とか「須坂、長野へ」という記録が残っている(『長野県町村誌』)。