第1節 概説

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 長野市を囲むように広がる山地は、農村や山村の人びとによって管理された雑木林や造林地・草原によって構成された、いわゆる「里山」で、山麓(さんろく)や山中には多くの溜池(ためいけ)や湖・沼地・小川が散在している。そのため、これらの里山は多種多様な動物のすみかとなり、今日においても動物相は多様さをもっている。

 昆虫類では古く氷河時代から生きつづけていて、「化石昆虫」と呼ばれるトワダカワゲラという1科1属1種の水生昆虫や、トンボ類の祖先型と考えられているムカシトンボが、菅平(すがだいら)山麓の若穂地区の小川の源流部に生息していることが記録された。


写真7-1 春から初夏に見られるムカシトンボ

 また、アゲハチョウ科の原始形態を保つヒメギフチョウが、飯縄(いいづな)山麓などに細々と生息していたり、飯綱高原の湿原には、日本海対岸のシベリアからきてわずかに記録された、和名ミスズヨトウというガが生息していることが判明した。

 両生類では、川中島平の水田地帯に生息するトウキョウダルマガエルや、松代町の皆神山山頂の小池に生息し、長野市指定天然記念物となっているクロサンショウウオ、山中(さんちゅう)の池を中心に生息するシュレーゲルアオガエルなどは、本地方の両生類相を特色づけている種類である。また、陸産貝類では、県内外の稀少種であるマツシマクチミゾガイが、西部山地に生息していることが確認され、自然度の良さが証明された。

 しかし、近年における宅地化や、開発という名のもとでの水田の減少や乾田化、農薬の過使用などは、水田という生態系内で生息していたヘイケボタル、メダカ、フナ、ドジョウ、トウキョウダルマガエル、ドブガイ、マルタニシなどを激減させ、姿を見ることも困難にしている。また、松代町豊栄(とよさか)のクロサンショウウオも皆神山山頂に開設されたゴルフ場のため、成体の生活場所であった雑木林を失い、個体数は激減している。


写真7-2 水田地帯から姿を消したドブガイ

 市内全域に散在している池や溜池・湖は、水草退治の名目で放流された中国産草食魚ソウギョが成長したことによって、水生動物の産卵場所であり、幼魚や幼虫・エビ類のかくれ場所でもあり、また採餌場(さいじば)でもあった水草が壊滅してしまった。また、スポーツフィッシングのため無断放流された外国産魚食性魚類は、在来種であるコイ、ギンブナ、ドジョウをはじめ多くの在来の水生動物に壊滅的被害をあたえている。

 池や湖、河川などの生態系は閉鎖的であるため、その一角がくずれると、多くの生きものは死滅してしまう。市内の池や湖で、ごくふつうに見られたメダカやトンボ類、淡水エビなどは被害を受けた代表である。また、小川や河川の汚れはカジカやホトケドジョウ、ゲンジボタルなどを激減させたが、その反面、池にすむオイカワやモツゴは逆に分布を広げている。

 そんななかでも、西部山地山麓の生態系が保たれている池には、日本から激減し、秋田・山形・福島・新潟の各県の一部にしか残っていない、シナイモツゴという淡水魚が生息していることが明らかになった。

 水田地帯や池の質的変化は鳥類にも大きな変化をもたらした。水草の多い池でよく姿を見せたカイツブリや、冬にごくあたりまえに見られたマガモなどは、きわめてまれにしか見られなくなった。また、市街地の拡大やビル建設、橋のコンクリート化、住宅の密閉化などは、ツバメの営巣を困難にするいっぽう、山岳地の岩場で営巣していたイワツバメが呼び寄せられたり、がけの穴や棚に営巣するチョウゲンボウがビルの排気孔や体育館ののき先に営巣したりしている。

 その反面、社寺林や山地での樹林の減少は、フクロウ、アオバズク、トラツグミ、コミミズクなどの営巣場所をなくすとともに、餌(えさ)となるヘビやハタネズミを減らし、その結果として生息数を激減させてしまった。さらに、池や河川の汚濁は、そのなかにすむ魚を餌としていたカワセミも追いやってしまった。


写真7-3 姿が見られなくなったカワセミ

 市街地の拡大や交通網の広域化にともなう生活物資、建築資材、樹木などの広範な交流は、昆虫類においても従来まったく生息していなかった、緑の大敵アメリカシロヒトリや、市街地でのみ夏の夜に、けたたましく鳴く中国産のアオマツムシを侵入定着させている。

 このことは山野に生息する獣においても同様で、動物相の変容がみられる。森林性のノウサギやテン、川辺にすみ魚類などを餌にしているイタチなどが、天敵であるキツネによる放逐や環境の悪化により、その生息数を激減させてしまった。その反面、天然記念物カモシカやニホンザルの自然増は、森林ばかりか山麓の農作物や果樹などが被害を受けるほどにまですすんでいる。さらに、かつてはほとんど姿をみせなかったイノシシやニホンジカ・ハクビシンなどが雑木林を中心にすみかや生息数を増やしており、飯縄山にはクマも姿をみせるようになっている。

 このように、長野市に生息する動物たちは、人間生活の拡大、変質にともなう自然環境や人為環境の変容とともに、生息数や種類がおどろくほどの速さで変化していることがわかる。