田植えが始まるころになると、ギンブナ、ドジョウ、ナマズなどが産卵のために、増水した灌漑(かんがい)用水路をのぼって水田にやってくる。
水田や灌漑用水路など稲作のために一時的にできる浅い水域は、これらの魚にとって繁殖のための重要な環境である。田植え直前まで陸地であった水田は、代かきによって陸の生物が取りのぞかれ、また、卵や仔稚魚を捕食するトンボ類の幼虫や、タイコウチ、ゲンゴロウ類などもすぐには水田に入りこめない。いっぽう、代かきのすんだ水田では、それまで土のなかで眠っていたミジンコなどのプランクトンが一気に大発生し、しばらくすると、ユスリカ類やイトミミズなども発生する。孵化(ふか)したばかりの仔稚魚にとって、水田は敵が少なく、餌が豊富な絶好の成育環境である。
しかし、水田や灌漑用水路は、田植え後におこなわれる中干しや、稲刈り前におこなわれる水落としのために干上がったり、また、わずかに残った水溜まりも、強い日差しのために水温が急激に上昇したりして、多くの魚が大量に死ぬ危険性の高い、きわめて不安定な環境でもある。このような環境のなかで、ギンブナは雌性(しせい)発生(産みつけられた卵は、ドジョウやコイなどの精子によって発生を進めるが、遺伝的には他種の形質を受け継ぐことなく、純粋なギンブナとして誕生し、成育する)という珍しい繁殖形態で、また、ドジョウやナマズは、大量の卵を広い範囲にばらまく繁殖習性を発達させることによって、突然訪れる大量死による損失を上回る利益を得ている。