縄文時代の初頭にあらわれる石器に有舌尖頭器(ゆうぜつせんとうき)(有茎(ゆうけい)尖頭器)がある。日本独自の石器と考えられていたが、近年、東シベリアやサハリンでも発見され、東北アジアの石器として分布範囲や時間的位置づけを考えなおす必要が生じている。また、土器の製作開始にともなう石器として、時代の変革をになった石器でもある。旧石器時代の尖頭器を小型化し、柄(え)に着装しやすいように茎(なかご)をつくりだしたこの石器は、槍(やり)や銛(もり)として使われたと考えられている。しかし、有舌尖頭器をつけた槍がさらに小型化すれば、石鏃(せきぞく)をつけた矢と同じ形態になる。木曽開田高原の柳又(やなぎまた)遺跡の石器群を観察していると、有舌尖頭器から石鏃へと進化したような印象さえうける。それを証明するかのように、石鏃が増加してくるなかで有舌尖頭器は急速に姿を消していく。
有舌尖頭器はその形態から、東北日本に分布する立川(たちかわ)型の有舌尖頭器と、その変種と考えられる細身の小瀬ヶ沢(こせがさわ)型の有舌尖頭器、西南日本に分布するやや幅広の柳又型の有舌尖頭器に大別される。若穂保科の高岡(たかおか)遺跡(写真2)や安茂里の平柴台遺跡で出土した有舌尖頭器は立川型に属する。有舌尖頭器も細石器(さいせっき)文化の東北日本・西南日本の石器の異なりを引きついだようで、東西の違いをきわだたせている石器文化である。