縄文土器の多様な器形の出現と展開

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一万二〇〇〇年前に縄文土器がつくられはじめてから、大小の丸底あるいは尖底の深鉢形という単一な器形のセットが長いあいた使用されてきた。

 縄文時代前期になると、定住化の進展、植物質食糧の開発や木製容器の発達等をベースにして、食生活は多様化する。単一な深鉢形から土器の器種分化が徐々におこる。新たに浅鉢形や鉢形がこれに加わるようになる。とくに前期中ごろになると浅鉢形土器を中心とした器形分化が活発になる。浅鉢形土器のなかには算盤(そろばん)玉のようにつぶれた器形を呈し、口縁部に孔(あな)をめぐらせた特殊有孔(ゆうこう)土器が出現する(図16-1)。この種の土器は胎土が精選され、赤色顔料が塗布される場合が多い。中部関東地方の広範囲に、まったく同じ文様と同じ器形の土器が分布する。前期末葉になると、有孔鍔付(つばつき)土器になり、中期中葉以降の有孔鍔付土器へと発展していく。


図16 松ノ木田遺跡の浅鉢形土器 長野市埋蔵文化財センター提供

 長野盆地では、松ノ木田遺跡で住居内から多数の特殊有孔土器が出土している。また、豊野町上浅野遺跡では、環状集石群にともない、二〇〇個体以上の有孔土器が出土している。牟礼村丸山遺跡では、墓の副葬品として、二個体の有孔土器がいっしょに埋められていた。岐阜県糠(ぬか)塚遺跡では、竪穴住居の床に据えつけられていた。これらの出土状況から、日常的な容器以外に非日常的な用途にも用いられたことが想定される。前期における器形の分化にともない、用途が多様化していく。煮炊き、調理、貯蔵、供献、儀礼等に用いられる各種土器が構成されてセットをなすようになる。また、器形の分化によって、文様も分化・発達し、中期には吊(つ)り手土器、香炉形土器、有孔鍔付土器、台付鉢など異常なほどの発達をとげる。後期には注口土器、晩期には、皿形土器、壺形(つぼがた)土器、高坏(たかつき)形土器等に分化する(図17)。大きさも中期土器にはひとかかえもあるものから、小形品まで多様化する。後期以降の土器は中期に比べ、小形化が進行する。また、こうした機能的な分化は地域差がいちじるしく、地域差がほとんどみられない草創期から早期の土器と対照的である。


図17 縄文土器の器形分化 (小林 1977を改変)

 移動から定住生活へ移行したことで、社会のしくみ、食糧資源の開発、他地域とのネットワークの構築、自然環境とのかかわりかたなど、さまざまな面で変革がおこなわれた。縄文土器の前期以降の多様な器形分化は、こうした動態を示す表徴としてとらえられる。