遺跡の立地類型と特性

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盆地低地部の遺跡は、河川の移動にともなう中州状の自然堤防に集落が営まれた。これにたいし西部山地の遺跡は、さまざまな地形環境に応じて、多様な立地を展開する。

 小田切地区の麻庭遺跡は、標高約七〇〇メートルの傾斜の強い舌状南斜面に立地する。中期の全般にわたって断片的に土器が出土している。遺跡が立地するところには、湧水(ゆうすい)地があり、現在も使われている。現在までのところ、調査がおこなわれていないので詳細は不明であるが、おそらく湧水地をベースに生活が営まれたと推測される。信更地区の吉原遺跡は、標高約四五〇メートル、眼下に久米路橋を望む北斜面に立地する。中期末葉から後期前葉の遺物が出土し、竪穴住居一軒が検出されている。また、漁労具である石錘が二点出土している。篠ノ井塩崎の猪平遺跡は、篠山山系の標高六四〇メートル前後の山腹平坦地に立地する。早期から晩期までの土器が断片的に出土し、土坑が検出されている。松代町西条の稲葉遺跡は、高遠山北斜面、標高約六五〇メートルの山腹に立地する。前期末葉から中期初頭の土器を主体とし、石鏃、打製石斧、磨製石斧、小形刃器、石錘一点ほかが出土している。これらの遺跡は、山間地の標高の高い斜面に位置し、一、二軒ほどの住居がみられる立地類型である。

 篠ノ井塩崎の鶴前遺跡は、眼下に石川条里遺跡を見おろす標高三六〇~三九〇メートルの篠山山系の東斜面上に立地する。前期前半の住居一軒、中期中葉の土坑一基が検出されている。また、信更町赤田の大清水遺跡は、聖川(ひじりがわ)が形成した谷底平野、篠山山系の北斜面山麓に立地している。大清水遺跡の近くには、湧水地がある。中期から後晩期の遺物が出土している。この種の遺跡立地類型は、西部山地の山麓に特有なありかたである。東部山地では、発達した扇状地面に遺跡が立地するため、こうした山麓立地類型はほとんどみられない。

 西部山地を流れる犀川流域の河川は、両岸の山地を浸食して、河岸段丘を形成する。七二会の瀬脇遺跡、信更町の安庭遺跡などは、低位段丘に立地している。犀川は、信州新町に入るとさらに蛇行屈曲を繰りかえし、段丘面に多数遺跡が立地する。上条遺跡(左岸)、お供平遺跡(右岸)、鹿道遺跡(左岸)、日名遺跡(左岸)など前期から中期を主体とした遺跡が点在する。発達した段丘面には、規模の大きな遺跡が展開する。犀川に流れこむ土尻(どじり)川の段丘面には、中条村の宮遺跡などが立地する。いっぽう、裾花川扇状地を刻む段丘面には、旭町遺跡、平柴平遺跡が分布し、中期から後期の住居などが検出されている。これらの遺跡は、犀川流域沿いの段丘面に立地し、多数の遺跡が分布する。西部山地のなかでは、比較的規模の大きい遺跡が分布する。犀川流域沿いに分布する遺跡に共通してみられる特徴は、川原に転石としてある硬砂岩を石材として用いた打製石斧や横刃形石器の存在である。いずれも片面に自然面を残して製作されている。千曲川流域では粘板岩を主として用いることと対照的である。したがって、千曲川ルートによる南からの文化と犀川ルートによる北からの文化、在地の文化の三者が多様に複合して長野盆地の縄文時代が醸成されたと考えられる。

 盆地沖積低地に望む扇状地には多数の遺跡が立地する。浅川扇状地面の浅川端遺跡、松ノ木田遺跡、保科扇状地面の宮崎遺跡、藪在家(やぶざいけ)遺跡、大柳扇状地面の仁王堂遺跡、大柳遺跡などがある。松代町の藤沢川・蛭川(ひるかわ)扇状地面には中村遺跡、屋地遺跡などがある。

 長野盆地における遺跡立地を概観すると、①盆地沖積低地の自然堤防に立地する遺跡、②沖積低地に望む扇状地に立地する遺跡(A河東地域、B北部地域)、③西部山地を横谷する犀川流域沿いの河岸段丘に立地する遺跡、④平野部に移行する山麓緩斜面に立地する遺跡、⑤山間地の傾斜の強い斜面や山腹の平坦地に立地する遺跡の五類型がとらえられる(表3)。

 この立地類型を時期別にみると、①類型、②B類型、③類型、④類型は、前期以降に縄文人の活動がみられる。②A類型は、中期以降である。同じ扇状地に立地する類型でもA地域とB地域とでは時期による選地が異なるようである。⑤類型は、各期全般にみられるが、中期から後期が主体である。時期ごとの立地傾向からみると、縄文人は前期以降、沖積低地や扇状地のみに進出したのではなく、犀川流域や平野部に移行する山麓部などの多様な空間に進出し、生活領域としたことが理解される。また、そのなかでは①と②類型の遺跡群がその内容から中核的な集落であったと推測される。③や④類型の遺跡はそれにつぐ遺跡群であった。⑤類型の遺跡が規模の一番小さい遺跡群である。これらの規模の異なる各段階の遺跡群は、選地空間の特性をベースにした多様な生業を展開して、有機的関係を保持しながら、独自の文化をつくりあげたのであった。


表3 時期別遺跡立地類型