群集墳に葬られた人びと

241 ~ 244

現在、日本全国に残されている古墳の総数はおよそ一五万基以上といわれており、その九九パーセントは六世紀以降につくられた古墳である。これらは、規模は小さいながらも横穴式石室を埋葬主体にもち、一基につき三、四人から十数人まで埋葬されていたことを考えると、日本全体の群集墳に眠る人びとの総数は、数十万人に達すると想像することができる。このことからも群集墳に葬られた人びとは、地域の有力豪族のような支配者層だけであったとは考えにくい。むしろ六世紀になって、これまで古墳を築造することができなかった階層、たとえば中小豪族の支配下にあり社会的地位のあまり高くない有力農民層(地縁、血縁によって結ばれた一族集団)の人びとにまで、古墳築造が可能になったと考えることができる。被葬者の具体的なイメージを推定するには、古墳自体の規模や形態、群構造、変遷、副葬品、埋葬人骨、古墳群をつくった人びとの集落など、さまざまな角度から分析する必要がある。現在までのところ、長野盆地の群集墳で詳細に分析した例はないが、最近では出土した人骨の形質学的研究や、DNA鑑定による血縁関係の解明など、新しい分野にまで研究がひろがっている。


写真41 徳間本堂原遺跡の土壙墓 (若槻徳間)
長野市埋蔵文化財センター提供


図26 徳間本堂原遺跡土壙墓の実測図

 古墳時代の人びとがすべて古墳に埋葬されていたわけではない。古墳以外の墓も発見されている。古墳をつくることができなかった階層の人びとは、遺体をいれた木棺を穴に埋葬する木棺墓(もっかんぼ)や、地面に穴を掘っただけの簡単な土壙墓(どこうぼ)などに埋葬されていたと考えられている。徳間本堂原(とくまほんどうはら)遺跡(若槻徳間)の四号墓は全長一・八五メートル、幅五八センチメートルの土壙墓で、木棺の痕跡は確認されていない。中心部にガラス小玉一四個があり、柄頭(つかがしら)の残る直刀が切っ先を足元にむけた状態で出土している。安茂里の平柴平(ひらしばだいら)遺跡の土壙墓からは、遺体に供献された土器と鉄鏃一本が出土している。このほかにも副葬品をともなわない土壙墓は相当数あると考えられるが、土壙墓全体の検出数は古墳にくらべると少ないことから、土壙墓にすら埋葬されない人びともいたと想像することができる。

 古墳と同じような祭祀がおこなわれていたと考えられる遺跡がある。篠ノ井塩崎の篠山東麓斜面にある巨石は、「鶴萩七尋石(つるはぎななひろいし)」の名で地元の人びとによって信仰の対象とされていた。この巨石の露頭全体が遺跡であり、鶴萩七尋岩陰(いわかげ)遺跡として平成元年(一九八九)に発掘調査された。縄文時代から近世までの遺物が出土しているが、古墳時代中~後期の遺物がもっとも多い。岩陰から、土師器・須恵器・鉇(やりがんな)・鉄鏃・骨鏃・管玉・ガラス小玉などの古墳副葬品と共通する遺物が出土している。岩上部からは滑石(かっせき)製の有孔円板(ゆうこうえんばん)が出土しており、祭祀の場であったことは確実である。遺跡全体の性格を考えてみると、巨石祭祀の場である磐座(いわくら)か、二体分の人骨が出土したことから葬所も想定できる。古墳時代の葬所の例としては、小県郡丸子町の鳥羽山洞穴(とばやまどうけつ)遺跡があげられる。


写真42 鶴萩七尋岩陰遺跡 (篠ノ井塩崎)
長野県埋蔵文化財センター提供

 このように、古墳をつくるという行為が、支配者の権力のシンボルであった五世紀前半までの社会状況とは、大きく異なってきていることをうかがうことができる。この背景には、弥生時代以来の地域共同体の連合的なつながりがうすれ、地方の有力豪族の支配下にあった人びとである有力農民層が台頭(たいとう)してくるといった、社会構造の変化が考えられる。そして長野盆地のような、地方の有力農民層が力をつけてきたことに目をつけた近畿地方の有力豪族たちが、これをその地域の支配者である中小豪族を介して同族関係に組みいれるといった新しい広域的な支配秩序が形成されてくる。まさにヤマト政権による東国支配が確立しつつある状況をあらわしているといえよう。このことには、長頸鏃(ちょうけいぞく)とよばれる細長い実用的な鉄鏃が群集墳から多量に出土し、有力農民層をもまきこんだ軍隊の編成が想定できることも、証拠のひとつとしてあげることができる。

 つまり群集墳の出現は、古墳時代前期以来の擬制的(ぎせいてき)同族関係(同じ祖先からつながるじっさいの血縁関係ではなく、政治的なつながりをもった同盟的な関係のこと)による支配体制が、主従関係的な意味あいへと変質しながら拡大・浸透したことを物語っていると考えられる。古墳を築くことができる人びとの範囲がひろがったことで、地域社会構造は大きく変化しており、それはヤマト政権による中央集権的な支配体制へと発展していく過程にほかならない。