重文 一二世紀後半 若穂保科 清水寺蔵 檜材 寄木造 彫眼 漆箔 像高一六〇・九センチメートル
豊かな頰(ほお)張りの顔立ち、そして半眼を開くまなざしは、衆生の心に穏やかな安らぎをあたえてくれる。この温和な阿弥陀如来の表情は、奈良仏師定朝(じょうちょう)がつくりだした和様の作風を顕著に示している。こまかに均一に刻まれた螺髪、一文字の髪際(はっさい)に刻まれる小づくりの目鼻立ち、なで肩で長身の体部は、奥行きがきわめて浅い。また腹部から股間(こかん)にかけて浅く流れるように刻まれた衣褶(いしゅう)表現は、優美で繊細な作風を示している。とくに平安時代後期は末法(まっぽう)思想の隆盛により、阿弥陀如来は各地でも盛んに造立されるようになった。
構造は、頭体幹部を正中線で二材から矧(は)ぎ寄せ、頭部は三道(さんどう)下で割首をおこなう。背面は背板風に材を矧ぎ寄せ内刳りをほどこす。表面は銹漆(さびうるし)下地に漆箔をほどこしてあるが剥落がいちじるしい。昭和九年に修理がおこなわれているが、そのさいに、像内から鉄鏃(てつぞく)一本が発見され、現在は再納されている。