民衆生活の取り締まり

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明治十八年(一八八五)段階の入獄(にゅうごく)者の犯罪実態を表48でみると、法制が体系的に整備されるのに対応して、広範囲な罪項によって入獄していることがわかる。窃盗(せっとう)、賭博(とばく)、詐欺(さぎ)などは時代をこえて多発したものと思われるが、私印・私書偽造(ぎぞう)、官吏職務執行妨害、罰金や科料金を完納しない罪、諸規則違反等々がかなりの数にのぼっていることが注目される。


表48 既決囚罪項区別表 (明治18年中入ノ分)

 営業別の囚監人数(表49)では、人口比率からみて農林業がもっとも多く、次いで商業、製造業の順となっており、刑罰では、重禁錮・軽禁錮がとくに多くなっている。


表49 営業別、刑罰別囚監人数 (明治18年中 長野県監獄本署)

 市民生活に直接関係する保安関係の法規には、明治十八年の「飲食店営業取締規則」(甲号布達第一七号)がある。それによると当時の飲食店とは、①部屋があって営業するもの、②芝居小屋で営業するもの芝居茶屋、③部屋がなくて営業するもの烹売(にうり)小屋、の三種と決められた。いずれも警察の許可を受けて営業するもので、看板を掲げること、価格を掲げること、客室・便所を清潔にすること、注文のない飲食物を提供しないこと、などの制法があったが雇婦女に対する規程は何もなかった。浴場関係では明治十六年十二月に「湯屋営業取締規則」(長野県令第八四号)が出され、制法事項として、①火焚(ひたき)場、煙突、天井裏の構造、②湯の温度は華氏一一〇度以下、③浴室は男女の区別をする、④時間は午後一二時までとする、⑤浴場の遺失物は五日以内に届ける、⑥烈風の日はとくに注意する、⑦酒酔い人は入浴させない、などであった。

 この取締規則のなかの一条に、「浴客ノ風体怪敷(あやしき)者ト認ムルトキハ巡行ノ巡査又ハ警察署、分署へ密告スヘシ」として、業者に入浴中に不審者を発見したときは警察へ連絡することを義務づけていた。そして遵守(じゅんしゅ)事項には、①出入り口、脱衣場は男女別にする、②流し場に水槽、くみ桶(おけ)を用意する、③一二歳以上の男女の混浴はさせない、などがあった。

 明治十七年十月には、「演劇場取締規則」(県布達第九一号)などが出された。そのなかに、①劇場の新築改造は警察の許可を受ける、②劇場には二ヵ所の非常口を設ける、③臨監席を設ける、④風俗上有害のときは禁停止する、などがあった。

 この時期にはいっぽうで文明開化の利便を味わいつつも、民衆はきびしい規制で取り締まりを受けていた。


写真49 旭町に落成した監獄本所
(上田市 若林資料館所蔵)