四 多古駅

367 ~ 367

 「延喜式」の東山道を錦織(にしごり)で分岐(ぶんき)して北陸道とを結ぶ支道は、麻績(おみ)、亘理(わたり)、多古(たこ)、沼辺(ぬのへ)の各駅を経て越後に入る。このなかの多古駅の位置については諸説があるが、三才地区に北田子、南田子の地名が残ること、三才田子遺跡の発掘などから、このあたりにまちがいないとされている。

 支道はここから北上して、北国街道の吉(よし)集落へ出た。ほぼ直線に山地を通過するが、そこにU宇状に山麓(さんろく)台地を切り開いて造成した形跡も認められている。