公領

542 ~ 542

東条荘は散在する耕地の集まりで、そのあいだには公領や他の荘園領も点在していた。たとえば長池は公領で、前記の鎌倉幕府下知状案によると、三善信濃入道時連(ときつら)・和田石見前司(いわみぜんじ)女子・原宗三郎入道・小田切女子らの所領があった。京都南禅寺二世の規庵祖円(きあんそえん)(一二六一~一三一三)は、長池の出身である。