昭和四十一年、国道一八号沿い、石渡(いしわた)地区北東を中心に富士通長野工場ができた。富士通はすでに昭和十七年、須坂の製糸工場を買収して疎開してきていたが、四十一年一八号バイパスが完成したのを機に、長野工場を新設した。昭和四十五年従業員二四七〇人、平成九年(一九九七)三三〇〇人、長野市第一の工場であるだけでなく、長野県下最大級の工場である。なお、長野市の工業の第一位は電気機械器具で、従業員一万二二九人(平成六年)であり、そのおよそ四分の一はこの工場の従業員である。情報処理機器を作っており、敷地約十万三千三百平方メートル、北尾張部(おわりべ)、石渡、一部小島地区にまたがる。