一 寺子屋

913 ~ 914

 明治五年(一八七二)の学制発布によって近代的学校教育が始まったが、これ以前に村人の教育機関として川田村にも寺子屋が多数成立していた。『上高井郡誌』によると、町川田村・東川田村・小出村・牛島村居住の師匠は三八人を数える。このうち僧職二七人、ほかは地主や名主など地域の有力者層である。町川田の川原戒淳は、慶応(けいおう)元年(一八六五)から学制発布の明治五年まで寺子屋を開設し、牛島・大室・中島など自村以外からも寺子が通い、その数七十余人いた。しかし、ほとんどの師匠は寺子一〇人から二〇人程度で、自宅が寺子屋でもあった。教科は「読み書きそろばん」が中心で、日常生活に必要な知識を教えた。学習集団が小規模であるだけに子弟の触れ合いは深かった。