和算

35 ~ 35

信州宮城(みやぎ)流の祖と仰がれる宮本正之(まさゆき)がいる。御幣川(おんべがわ)の郷士正礼(まさのり)の子。祖父・父とともに郷党の教育にあたっていたが、のち京にのぼり宮城清行の門に学び免許をうけ、帰郷後「両羃定式根元(りょうべきていしきこんげん)の法」を発見。主な門弟に宮本正暎(まさえ)・正武(まさたけ)父子(松代)、入貞営(いりていえい)(松代)らがいる。享保(きょうほう)十二年(一七二七)没。