長谷神社 長谷(はせ) ①祭神 八聖大神・健南方命(たけみなかたのみこと)・事代主命(ことしろぬしのみこと) ②由緒 長谷神社は、長谷寺の観音堂の南側に隣接して上社、一〇〇メートルほど南に下社があり、延喜式内社(えんぎしきないしゃ)である。旧記によると上社の祭神八聖大神は、神八井耳命(かむやいみみのみこと)(神武天皇の子)の孫である。また『古事記』には神八耳命は、科野国造(しなののくにのみやつこ)や小長谷部造などの祖先であるとしている。延喜式のころ、祭神大山祗命(おおやまつみのみこと)を神八井耳命にかえたという。長谷寺鎮守の神。健南方命・事代主命は産土神(うぶすながみ)である。上社は拝殿だけで本殿がなく、御神体は山である。下社はもとは諏訪明神と称していたが、天保(てんぽう)七年(一八三六)上社を合わせ長谷神社とした。
中郷神社 四野宮(しのみや) ①祭神 為平親王・健南方命・事代主命 ②由緒中郷(なかごう)神社は四野宮、四之宮、上町、角間四組の産土神である。保安(ほうあん)三年(一一二二)村上(坂城町)にいた村上顕清か、村上氏の祖先の為平親王を祭り、四之宮明神としたのが始まりである。武田信玄が願状を捧げ神領を寄進したので、末社であった諏訪大神を本殿に遷座した。明治十七年(一八八四)に中郷神社とした。
軻良根古神社 上篠ノ井 ①祭神 大己貴命(おおなむちのみこと)・健御名方命(たけみなかたのみこと) ②由緒 往古から軻良根古(からねこ)大明神・諏訪社などと称していたが、明治十一年軻良根古神社に改名した・明治四十一年、東篠ノ井の篠井庄神社(祭神誉田別命(ほんだわけのみこと))を合祀(ごうし)した。篠ノ井組の産土神。祭日には鼠除(ねずみよけ)守護の神と崇敬し上州・武州からも参拝に来た。境内に欅(けやき)の大木がある。千曲川の左岸にあり、ここに渡しがあった。明治十一年明治天皇が御巡行のときこの社前を通った。
姫宮神社 平久保 ①祭神 八坂斗売命(やさかとめのみこと)・健御名方命・事代主命 ②由緒 平久保組の産土神。以前は姫宮大明神とよばれていたが、明治十一年姫宮神社とした。
八幡神社 山崎 ①祭神 誉田別命 ②由緒 天正(てんしょう)元年(一五七三)水除けの八幡宮を勧請し、元禄五年(一六九二)本殿建立、享和(きょうわ)二年(一八〇二)拝殿本社を葺(ふ)きかえた。
小田井県神社跡地 上町 ①祭神 誉田別命 ②由緒 安永九年(一七八〇)松節(まつぶせ)川除普請場に勧請、天明元年(一七八一)上町の八幡社へ移された。八幡社は四宮庄が小笠原氏の手に入ったときに源氏の守護神誉田別命を祭った社である。両社とも昭和四十年(一九六五)中郷神社に合祀した。跡地に鳥居と祠(ほこら)、欅の大木がある。