『長野県俳人名大辞典』には共和村関係の俳人四一人が立項されている。原田覚之丞(がくのじょう)(本組)は本名原田美雄、号鳳斎(ほうさい)、一葉庵(あん)。寛政五年(一七九三)生まれ。稲荷山町の宇津呂庵竹摩の門人。「夜半(よわ)のかはず」「花野はら」に作品が掲載される。本組に筆塚がある。一葉庵二世に小河原水治(古町)がおり号を石翠(せきすい)という。三世は寺沢豊治(中町)、号を花月という。滝沢清左衛門(中組)は号を眼蝶(みんちょう)・望富楼、松代藩家老小山田(おやまだ)家の出納役をつとめ、のち寺子屋を開き俳諧など教える。小林祖左衛門(新田)号を一草(いっそう)、真松斎といい、俳句、謡曲・挿花にすぐれる。梅旭庵雉雄(ばいきょくあんちゆう)(新田)は本名越川泰右衛門、一茶に学ぶ、更埴市倉科に弟子が多い。
謡曲もさかんである。福井平吾(北組)、野口駒治(北組)はともに観世流。唐木田幸得(大門)、大沢清之助(中町)、岡沢済(南町)らも謡曲の師匠である。華道では中村貞重(段ノ原)が細根(ほそね)遠州流。画家寺沢遷喬(せんきょう)(岡田)は大正期各種展覧会に出品入賞している。