本組の湯沢講

122 ~ 122

湯沢講は中尾山から本組に流れる湯沢の維持・管理を目的にした講である。湯沢は岡田裏・岡田前地籍の水田に水を引くため、先祖が築いた堰である。干ばつ時には耕作面積に応じて、灌水時間を割りふる「割り水」をしていた。運営は世話人と当番が中心である。記録によれば、春の堰掘りのあと、当番宅(現在は公民館)で観照寺の住職を招き、水神様の祭りをし、お汁粉を食べる習慣になっている。

 近年はほとんど水田がリンゴ園になり、リンゴの灌水がおこなわれている。堰利用者は講にはいることになっているが昭和二十一年(一九四六)二一軒、平成十二年(二〇〇〇)一一軒と減少している。