『県史考古』(一)の遺跡地名表には、更埴市との境界にある土口(どぐち)将軍塚をふくめて、清野地区には一二の遺跡地名が載っている。そのうち古墳は六基で、多くは妻女山の周辺にある円墳である。このほか、自然堤防上や山麓(さんろく)地帯に四ッ屋遺跡・道島(どうじま)廃寺遺跡があり、この地が古くから開けていたことを示している。
一 考古遺跡
『県史考古』(一)の遺跡地名表には、更埴市との境界にある土口(どぐち)将軍塚をふくめて、清野地区には一二の遺跡地名が載っている。そのうち古墳は六基で、多くは妻女山の周辺にある円墳である。このほか、自然堤防上や山麓(さんろく)地帯に四ッ屋遺跡・道島(どうじま)廃寺遺跡があり、この地が古くから開けていたことを示している。