満州開拓団の送出
満州開拓百万戸移民の国策に沿って、各村ごとに送出計画がたてられた。清野村では昭和十二年、川上浪速(なにわ)・芳子を招いて講演会を開いている。清野村の送出農家は九戸、三七人で、義勇軍の参加者は一九人におよび、残留孤児になったものもいた。