平安時代松代地区には英多荘と清滝寺の二つの荘園ができた。英多荘は近衛家領であった。英多荘は延久(えんきゅう)二年(一〇七〇)以前にできている。この荘内には西条・東条・中之条・寺尾・牛島・県などの郷があった。県郷はこの荘の中心だった豊栄(とよさか)地区、また東条と西条とはそれぞれ英多荘の東条・西条で、その境に中条(ちゅうじょう)という集落がある。現松代地区はたぶん中之条の地でその名残が中条らしい。清滝寺は『吾妻鏡(あずまかがみ)』の文治(ぶんじ)二年(一一八六)年貢滞納荘園目録に「青滝寺」として出ているが、これは「清滝寺」の誤記らしい。