近世末からさかんになった養蚕に関する健蚕豊作祈願の石仏は一〇基ある。般若寺・岩沢には保食神(うけもちのかみ)碑、瀬関・般若寺・上荒町には蚕養神碑がある。いずれも養蚕の守り神である。菅間の「竜精之碑」、竹原の「西陵(せいりょう)氏霊」碑も同じく蚕神である。竜精は蚕の異名、西陵氏は古代中国の黄帝の妃のことで、はじめて養蚕を始めたと伝えられる。『長野市の石造文化財』によると、蚕碑に分類されたものは市内全域あわせても二三基にすぎない。分類法は多少違うにしても、東条地区の一〇基はきわだって多く、養蚕のさかんな地域であったことを如実に物語っている。清滝観音も、江戸時代の末ころからは養蚕神として信仰を集めた。