君ヶ岳助三郎

513 ~ 513

東寺尾村の生まれ。江戸相撲の境川(さかいがわ)部屋へ入り、前頭筆頭に昇進し、のちに松代藩の抱え力士となり、松代藩主真田幸貫(ゆきつら)から化粧まわしを贈られた。嘉永二年(一八四九)には、松代町の祝(ほうり)神社で晴天三日の興行をし、翌四年には番付名に「松代」の肩書きを付けることを許された。また、白鳥神社・池田宮・保科清水寺などに四本柱を奉納した。愛宕(あたご)社に君ヶ岳寄進の石灯籠(いしどうろう)があり、松代の西念寺に墓碑がある。