今井神社の西側に木曽義仲の武将今井兼平(かねひら)の五輪塔がある。兼平は木曽の豪族中原兼遠の子で、兄は樋口兼光、弟は落合(今井)兼行、妹は義仲の正室巴御前(ともえごぜん)である。義仲は治承(じしょう)四年(一一八〇)九月兵をあげ、同五年の六月横田河原の合戦で勝利したのち、一時横田城に居住した。寿永(じゅえい)二年(一一八三)七月入京を果たしたが、同三年一月二十日、源範頼・義経軍と戦い近江粟津(滋賀県大津市)で討ち死に、兼平は義仲のあとを追って自害した。兼平の家臣岩害刑部(いわがいぎょうぶ)は主君の菩提(ぼだい)を弔うために五輪塔をたてた。これは俗に兼平の墓ともいわれる。兼平の墓は大津市石山町にある。また、徳音寺(木曽郡日義村)と松本市今井にもある。