丹波島橋

714 ~ 715

明治六年、丹波島舟橋会社ができ、四つの瀬に舟四六艘(そう)を並べ、その上に板を渡して橋にした。通行費は人七厘五毛、馬二銭だった。明治二十三年丹波島の柳島仁十郎ら一三〇人が丹波島架橋会社を設立、県の許可を得て木橋をかけた。三九二メートル、幅五・四メートル、地方にはめずらしいりっぱな橋で、通行料一銭五厘、高いという評判で、同三十年県営に移された。昭和七年に鉄橋になった。費用は八八万円、国六分、県三分、市一分で、幅一二メートル(うち車道七・三メートル)だった。同六十一年十二月には、新丹波島橋が落成、片道二車線ずつで両側に歩道をつけた二つの橋が新設され、とりつけ部分の道路も拡張されて面目を一新した。


写真8 丹波島舟橋(明治6~23年)手前の家は川崎町で、平成11年まで青木島分であった


写真9 建設中の丹波島鉄橋