明治七年、入寅重(いりとらしげ)が高野に信田・更府・大岡牧郷・日原信級を区域とする郵便取扱所を始めたが、同九年に廃局した。この年田野口の吉沢弥吉が信田・更府を郵便区とし、田野口郵便局(五等)を開局した。同十八年廃局となり、以後信田・更府は旧篠ノ井の塩崎局区内と変わり、ふたたび同三十七年信田郵便局(三等局)が田野口に設置された。昭和三十一年の信更村の発足により三十二年信更郵便局と改め、翌三十三年原市場に移り、同六十二年二月二十三日に原市場の現在地へ移転した。明治四十四年八月一日に、電信・電話が開通した。大正二年四月に呼び出し電話が始まり、境新田と原市場は、電話が来ると局から呼びにきた。昭和四年六月一日に、村役場だけに電話が入った。同三十一年に、信更有線放送電話が開局し、現在は有線放送でお知らせだけがおこなわれている。