山の村人は、六月から七月にかけて里が田起こしや代掻(しろか)きの時期になると、里の農家に雇われて、牛馬に犂(すき)を引かせて田起こしをしたり、また、馬鍬(まんが)を引かせて代掻きをした。こうした牛馬を利用した田起こし・代掻きの請負代行のことを、タアブチ・タアカキという。主として男が従事する。そうした作業は、ハナトリといって牛馬の先導をする役目と、犂や馬鍬を押さえる役目の二人で一組になっておこなった。山の村のこどもの多くは一五歳ぐらいになると、ハナトリ役として連れて行かれた。
山から里への出仕事が可能になったのは、ひとつには里では牛馬を飼う農家が少なかったことがあげられる。里に比べると山の村々では、昔から牛馬を飼う農家が多かった。さらにもうひとつの理由として、山では田は一毛作であるのにたいして、里では田の多くが米麦の二毛作であったことがあげられる。二毛作をおこなうと、田の耕起や代掻きは、麦刈り後にしかおこなうことができない。里では田麦刈りができるのは六月上旬であるため、田植えまでの時間的な余裕は一ヵ月もない。その短い期間に田の耕起・代掻き・田植えといった一連の稲作作業が集中的におこなわれる。そのため、どうしても外部の労働力であるタアブチ・タアカキを導入せざるをえなかったと考えられる。