区や町内が一つのまとまりをもった地域社会として運営されるためには、前項までに述べてきたような、実利的な側面は欠くことができない。しかし、その統合がはかられるためにはこればかりではなく、人びとの精神的な紐帯(ちゅうたい)も必要である。気持ちのうえでの一体感である。こうした心をかたちづくっているのが、村の発生を説く開発伝承であり、また、暮らしを守ってくれる鎮守の祭祀(さいし)や気持ちを一つにしての祈願、村いっせいの休日である。
これらのなかから、まず初めに開発伝承をみていくと、市域では、豪族が拓(ひら)いたとか、ほかからの移住によって村ができたなど、いくつかの類型が存在している。開発伝承というのは、いわば口承の村の歴史であり、これを伝承として共有することで、自分たちの村―区・町内―という意識がかたちづくられていたといえる。つまり、開発伝承は歴史的事実というよりも、それぞれの地で、自分たちの村はこうした歴史をもって拓かれたのだと伝え、それを事実として伝承しているところに意味がある。