本・分家集団は単に祖先を同じくするという関係だけでなく、ある種の共有物をもつことが特質と考えられている場合もある。
マキやウチワで神社をもつところが、太田・日方(ひなた)(小田切塩生(しょうぶ))・五十平・古森沢・十二・灰原・柴・赤柴などにみられ、本・分家集団でまつる神の祭りがおこなわれている。
墓地を共有するところも赤沼・南長池・五十平・古森沢・三水・柴・赤柴などにみられる。墓地を共有するとは、分家が本家の墓地を使用するということである。また、墓地の区画など場所は共有するが、墓石は別々に建てる場合もある。盆前の墓掃除は申しあわせていっしょにおこなうことも多く、東横田では毎月の墓掃除を本・分家集団のなかで順番を決めておこなっている。
長谷のあるウチワでは、墓地が狭くなり、整備が必要になったのでウチワの総会を開いた。今までのかたちをつづけるのか、または霊園形式にするのかといった論議があったが、今後のことを考えて個々のイエごとの墓碑形式にしようということになったという。
そのほかに共有するものとしては、南長池や十二・長谷・赤柴・太田などで宴会の什器(じゅうき)を本・分家集団でもっている。戸部では味噌釜(みそがま)・挽臼(ひきうす)・農機具・消毒の機械を共有している。農機具をマキやウチワで共同購入し、順番で使用するところはほかにもみられる。
本・分家の祭りにかかわる社殿や墓地を共有したり、生業に必要な農機具などを本・分家で共有することは、それだけ本・分家集団の結合が強いことのあらわれである。本・分家集団で共有するものとしては、物質的なものではなく、先祖伝説や禁忌もある。たとえばあるマキの総本家は村のシバキリ(開発者)だったとか、先祖は諏訪から来たなどといった言い伝えが語られ、それが本・分家集団の共通認識となっていることも少なくない。また、長谷では正月に門松を立てず、かわりに豆の枝を飾るといったマキもある。