婚約

272 ~ 273

縁組の話を最初にもっていくクチキキのときには、くれ方に風呂敷を贈る。桜枝町では、よさそうな話をもってくると、その娘をこっそり見にいった。これをヌスミミ(盗み見)といった。相手の家柄などを確かめて、よいということになると、下仲人、ときには本仲人といっしょに風呂敷と菓子折をもって娘の家にいった。くれ方で不承知であるということになると風呂敷が返される。栗田でも下仲人が風呂敷と生菓子をもっていった。不承知のときには生菓子が悪くならないうちに風呂敷といっしょに返したという。風呂敷を受けとると、承知したということでサケイレをした。風呂敷をもっていくのは包んでもらってくる意というところもあるが、風呂敷包み一つできてくれという意味であるともいい、婿取りのときにもおこなうところがあった。話がまとまると、帯、反物、手ぬぐい、エガケ(手甲)などを贈ったところもあり、赤沼(長沼)では年末にトシトリゴメ・トシトリザカナといって白米や酒をくれ方の家に贈った。

 つぎに話が決まった祝いとして、まずタルイレ・サケイレがおこなわれる。栗田では、風呂敷を受けとるとサケヲイレルといって、仲人が帯・帯締めなどを酒といっしょにくれ方に贈り、タルヲヒラクといって親類をよんで酒やごちそうをふるまった。そしてそのあとに結納をする。このときには嫁入りに着る着物一式、婿の場合には婿の衣装一式を贈った。そして、仲人と婿方の父親とが嫁と親子杯(さかずき)をした。このときには酒のさかなとして銘仙一反を贈ったという。

 結納のときには主だった親類を招き、婚礼と同じくらいのごちそうをしたり、金または着物・帯・たんすなどを贈るところが多い。古森沢では昭和二十年(一九四五)ごろまで婿と嫁の父親が結納を交わし、仲人は嫁と親子杯をしたり帯や羽織を贈ったりした。この日には婚礼の日取りが決められるが、農繁期を避けて春や秋に式をすることが多かった。

 結納のお返しとして、袴(はかま)・手ぬぐい・風呂敷・反物などを贈るところもあったが、酒食のもてなしをするだけで、品物を返すことはしないところもあった。最近では帯代・袴代などとして金銭を贈ることが多くなった。また、タルイレと結納をいっしょにおこなうところもある。

 結婚にあたって仲人を頼むほかに、本家などと親分、子分の関係を結ぶことがある。田子では、本仲人と親分を頼む。本仲人には親類などの夫婦がなり、結納から結婚当日までの世話をするが、頼まれ仲人ともいわれその場限りの役目であった。それにたいし、親分は婿側の本家などがなり、生まれたこどもの名付け親になったり、嫁と姑とのあいだに問題がおきたときなど、生活全般にわたり若夫婦の面倒をみる。また、さまざまな祝いごとをするなど、一生付き合うことになる。