新築祝い

622 ~ 627

家を建てるさいにもさまざまな儀礼がともなう。地鎮祭をおこなって地霊を鎮め、無事に家ができあがることを祈願する。そして棟が上がると、棟上げの祝いをする。こうして家ができあがると、家の披露かたがた世話になった大工の棟梁(とうりょう)などを招いて盛大に新築祝いがおこなわれる。


写真2-102 地鎮祭(若槻団地 平成10年)

 平成五年(一九九三)における安茂里小市の新築祝いは、以下のようにおこなわれた。小市では、新築祝いの折に法要も兼ねておこなう例が多い。近い親戚の人たちが参列しての法要がすんでから、新築祝いの席へと移る。

 この家の場合はホウジョウサン(方丈さん、寺の住職)により、妻の三回忌法要を真新しい座敷で執りおこなうことから始まった。床の間の横の押入れ部分が仏壇をまつる仏間となっているため、仏壇の扉を開けておこなわれる。参列者は葬儀用の礼服を着て、近い身内が仏壇前に参列しておこなう。新築のさいの法要は、新しい家に仏壇を移して先祖供養をするものであり、終了後は座敷にお膳を並べて宴席の準備をする。方丈さんを主客とし、真新しい座敷の上座(かみざ)である仏壇前に座ってもらう。もっとも近い親戚である本家の人が亭主役とよばれる進行役を受けもつ。主人と亭主役は前もって、当日の儀式のいっさいの下打合せをおこない、北信流の出し方やだれにどんなことを頼んでおくかを相談しておく。

 当日の式の手順は、つぎのとおりであった。

 ①施主側が参列者へのお礼のあいさつをする。

 ②方丈さんの発声によって、仏様に冷酒を献杯する。

 ③その後、燗酒を回して宴席が始まる。

亭主役は「引きつづき燗酒を申し上げますので、ゆっくりお召し上がりください」と発声する。法事の席のため、席を立っての歓談などはなく、静かななかで飲食がおこなわれる。途中、亭主役は「ひざを崩して、前にあるものは粗肴(そこう)の品ですが、ゆっくりと召し上がっていただきたいと思います」と一同にうながす。

 ④お礼のお杯をする。

宴席が始まってから約二〇分ほどしたところで、亭主役からお願いしておいた親戚の年配者が、「僭越(せんえつ)ながら、方丈さんに『お礼のお杯』を差し上げたいと思いますがいかがなものでしょうか」と一同に発案をし、お杯を差し上げる人として当家の施主を指名する。施主が上座に座る方丈さんにお酌する。

 ⑤お杯の返杯をする。

方丈さんが飲み干すと、「ただいまはお杯をいただきありがとうございました。施主様に『お杯の返杯』をし、お互いに喜びを分かち合いたいと思います。ご返杯をお願いします」といい、その場で飲み干した杯を施主に渡し、酒をついで飲んでもらう。施主は「どうもごちそうさまでした」とその場であいさつする。

 ⑥お礼のあいさつをする。

最後に施主は、下座(しもざ)に帰ってから参会者一同へ、法要が無事終わったお礼のあいさつを述べる。

 安茂里小市では、法要など仏事の席には北信流を出さない家が多い。杯事はおこなわれても、謡を出すことはしないのである。そのため法要の席から新築祝いの席に移るときは、方丈さんに「お礼の杯」を差し上げて法要終了の区切りとする。

 法要が終わると、引きつづいて棟梁を主客に迎えて新築祝いに移るのであるが、そのあいだ、棟梁と方丈さんは控えの間でお茶などの接待を受けている。先ほどの法要の席よりも参列者が多くなるため場所を広げ、前もって決めてある座へお膳や引き出物を配る。宴の準備が整うと棟梁とともに方丈さんも座敷の上座に座り、新築祝いが始まる(図2-35)。この席も本家の主人が亭主役をつとめた。


図2-35 新築祝いのときの北信流の座席配置(安茂里小市の例)

 ①宴に先立ち、棟梁がお祝いのあいさつをする。

このなかで三回忌の法要と新築祝いにたいしお祝いのことばが述べられる。新築の経過とともに、家族の繁栄を願うことばを添える。

 ②棟梁の音頭で、乾杯をする。

亭主役は「ほんらいですと冷酒を申し上げまして、新たにということでございますが、燗酒にて、棟梁さんの音頭で乾杯をお願いしたいと思います」という。棟梁は「それでは杯をもっていただき、法要と新築祝いの乾杯をしたいと思います」といい、乾杯の音頭をとる。

③亭主役は乾杯がすむと、「前にあるものを召し上がっていただきながら、ご歓談ください」と一同に料理をすすめる。しばらくは歓談しながら、めいめい隣同士でお酒などいただいているが、座を立ってのにぎわいまでにはならない。

 新築祝いの途中で北信流がおこなわれたが、法要から新築祝いの宴席に移っても、宴席がにぎやかになってしまわないうちにおこなわれた。参列者も心得ていて、それまではあまり座をにぎわせてしまわず、北信流の発議があるのを待っているといったようすであった。

④しばらくして、「ご当家では立派なお家を建てられ、親戚一同お喜び申し上げます。つきましては、棟梁さんに『お礼のお杯』をさせていただきたいと思います。つきましては、施主様のほうでお杯を差し上げていただきたいと思います」と親戚の年配者が発議し、お杯をあげる人、お肴を出す人を指名する。すると一同は「待ってました」とばかりに、拍手で賛同の意をあらわす。

 ⑤お礼のお杯がおこなわれる。お肴の謡は「鶴亀」。

当日お肴を出した人は、謡を心得ている亭主役であった。施主が棟梁にお杯をあげているため、施主に近い親戚の、それも謡を心得ている人が、お肴として縁起のよい「鶴亀」の小謡を出したもので、最後の「君の恵みぞ ありがたき」と繰りかえすあたりで、棟梁は杯を二、三口で飲み干す。

北信流がおこなわれるさいの座席は幾通りかみられるが、上座の棟梁へのお礼のために、お膳に向かいあったままでおこなわれる。お肴を出す人は下座のわきでうたう。

 ⑥お喜びのお杯をする。

お礼のお杯が終わると引きつづいて、棟梁から施主、家族にたいして「お喜びのお杯」がある。当家は四人家族のためお酌をする人が棟梁のほかに三人足りないため、一同のなかから若い人三人を選び、棟梁といっしょにお杯を差し上げる人となってもらった。棟梁は「謡の持ち合わせがないため、お肴をまた亭主役の方にお願いしたい」ということになったが、亭主役は「二度も同じ人がお肴を出すことは…」としばらく躊躇(ちゅうちょ)していた。

このように客側が杯事を発議する場合には、事前にお願いしておくわけにいかないため、杯事がおこなわれるまでに手間取ることがある。棟梁など職人衆は、こうした新築祝いには木遣(きや)り歌を出すことが多い。謡の心得がない場合には、演歌や流行歌のたぐいを出すこともある。この場は、もう一度亭主役がお肴として「鶴亀」をうたうことで折り合いがつき、棟梁も木遣り歌をうたった。家族四人にお酌役四人、合計八人が杯事をするために座敷中央で向かいあって座った。施主には棟梁が、その他の人には選ばれた若い人たちがお酌をした。


写真2-103 お喜びのお杯 座敷中央で杯事をする
(安茂里 平成5年)

 ⑦返杯をする。

杯をいただいた家族四人は、それぞれその相手の人に返杯しお肴を出す。

 こうして杯事が終わると、あとはにぎやかな宴会となる。亭主役も大役が終わりやっと気楽になり、お酒を口にすることができる。一同も座を立っては、お互いに酒を飲み交わし、にぎやかな酒宴となる。

 ⑧おつもりのお杯をする。

宴会も最後になると「おつもりのお杯」をする。このときは嫁の実家側から亭主役に杯を差し上げて終わりとした。

お酒も十分にいただいたため、そろそろ終わりとしたい旨を述べて、おつもりのお杯の発議をする。これは亭主役への慰労もこめたお杯で、「納めのお杯」ともいわれる。

⑨これが終わると、御飯が出されて終わりとなる。早めにいただいた人は、座席わきに置かれた引き出物の品などを包み、施主にそれぞれお礼を述べて退席する。

 この安茂里小市での三回忌の法要と新築祝いを兼ねた例では、新築祝いの席で棟梁への「お礼のお杯」、施主方への「お喜びのお杯」、亭主役への「おつもりのお杯」という三回の杯事がおこなわれた。