杯の提案者

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また、「お杯をしましょう」と提案する人も、だれでもいいわけではない。マキ(同姓)の長老やその家に縁の深い長老格の人、あるいは本家の主人などと決まっている。

 お杯の授受は、返杯のときのことも考えて人選をおこなわねばならず、ただ若い者に酌をさせるというわけにはいかない。提案者がこうした人選をすべて取りしきる場合もあるし、提案しただけであとは亭主役に任せてしまう場合もある。こうしたとき、亭主役がすばやく「だれとだれがどなたにお杯を差し上げて、だれはお肴(さかな)をお願いいたします」と指名すると座はしらけないが、もたもたしてその場で当主などに相談していると客のほうは間延びがしてしらけてしまう。

 また、出席者のなかでだれが謡(うたい)の上手なものであるかということも、提案者や亭主は知らなければならない。謡を出すのは馴れた人、経験のある上手な人を指名するが、席によっては習いはじめの人を指名しなければならないこともある。ただし、昔の結婚式などには謡の名手と評判の、いわばセミプロを頼むこともあった。他地域から列席していて北信流を知らない人が主客や次客になっている場合は、次々客などが提案者になったり、亭主役が気をきかせて、主客を立てながら主客が負担にならないような北信流のおこない方も工夫される。亭主役がお肴の謡をすべて自分でおこなうこともあるし、祝いの席でくだけてもいい場合は、返杯のときに主客に流行歌などを歌ってもらうこともある。そのへんは、亭主役の臨機応変にかかっているが、提案者は何よりもタイミングを見計らうことが大切なことである。上座に座ってはいても、親に代わって初めて宴席に出たとか、経験が浅く宴席に慣れていないものは、どこでどう発声するかが分からず、亭主役にあらかじめ合図をしてくれるように依頼しておくこともある。