家ごとに作る人形のほかに、集落などの共同体を単位として小正月に人形を作る例がある。これは藁(わら)などの材料を使った大型の人形で、越(こし)(篠ノ井塩崎)に存在する。このような藁人形の存在は、新潟県や神奈川県などにもみられるが、長野県内には少ない。
越ではオスガタ(お姿)とよばれる藁人形を作る。一時途絶えていたが、昭和五十八年(一九八三)に伝統行事の見直しの一環として復活し、現在では保存会が中心になっておこなっている。越区の第一常会・第二常会の七五戸が越で、以前は一五歳から三三歳までの若い衆が中心になり、前年に婚礼のあった家が施主になってオスガタを作った。一月十五日の朝、四〇束ほどの藁で頭、腕、胴体、足、オンマラ(男根)、キンタマなどをそれぞれ作る。道祖神碑を中心としてくぬぎや竹を三本に組んで心棒とする。そこに、オンマラを抱いた形に人形を組み立てる。また、お札、注連(しめ)飾り、ダルマなどを添えてドンドヤキのヤマを作る。若い嫁は子宝に恵まれるようにかならずお参りしたという。
夕方、人形とともにドンドヤキに火がつけられると「ドウロクジンのオンマラは一尺八寸つき出した」と囃(はや)し、悪厄よけと子宝祈願をする。このドンドヤキの灰を家の雨だれの落ちるところにまくと火事にならない、苗代(なわしろ)にまくと虫が付かないなどとも伝えられている。なお、明治十七年(一八八四)の正月行事の記録によると、当時はミソヤキとよばれる女神の藁人形が作られていた。