職人の技術や知識は、徒弟(とてい)関係によって親方から直接に伝授されたというのが伝統的なあり方であろう。ここではそういった伝統的な技術の伝承の仕方をいくつかの職種でみていくことにしたい。つぎに、そうした伝統的な伝授の仕方にたいして、こんにちでは戦前からあった訓練機関がさらに整備されるなどして、技能の習得状況は職種によって多様であることから、現在、現役で働いている職人の系譜を引く人びとが技能を身につけた状況を、いくつかの職種についてみていくことにしたい。
曲(ま)げ物、畳、建具、大工などここで取りあげる職種は、いずれも零細な経営基盤の上に立っており、地域に密着してはいるものの地場産業とはいえない。地場(じば)産業といわれるのは、通産省の概念では地元資本をベースにした中小企業の集積で、主に地域内の物産を原料とし製品を県外にも出荷していることが要件で、伝統があり大企業の下請け業種でない地域に根づいた産業である。長野県は農林業と結びついた木工品、家具、仏壇などが、地場産業として大きな比重を占めており、介計二二業種が選定されている。地場産業の振興は国の重要な中小企業政策のひとつで、各自治体もさまざまな助成策を講じて育成しようとしている(『長野の地場産業』三)。以下に取りあげる事例は、事業主一人あるいは家族だけで事業を営んでいる業者がほとんどで、一時にせよ地場産業に身をおいたのは建具職の一例だけである。これらにたいしては自治体による助成もおこなわれていないが、伝統的技能の伝承という点ではそうした零細な事業者の存在を無視することはできない。
こうした職種ではかつては技能が師弟関係によって内部的に伝えられる傾向があったが、地域的に私的におこなわれた技能の伝達に国家がかかわり、職業訓練の方法が改善され、一部で「秘伝」が開放された。さまざまな国家検定が客観的な基準によっておこなわれ、技能水準の向上と全国的な均質化がはかられてきた。これは技能の習得のあり方に影響しており、かならずしも客観的な基準が技能のすべてを包括するものではないが、大工職、畳職、建具職ではベテランの職人も技能検定を受けて、社会の変化に対応している。これにたいし、曲げ物職のように国家の関与もないかわりに、保護もされないで、伝えられた技能が滅びようとしているものもある。また、大企業の進出に対応して下請けの一角を占めることにより生き抜く職人もいる。産業構造の変化に応じたものである。こうした動向をふまえて、個々の職人のことばのなかから、多様な技能を習得し保持してきた気概(きがい)を述べることにしたい。最後に、戦後に開発された新しい技術を身につけて自立していったもののうち、溶接工にふれることにした。戦前からの系譜を引く職人とは異なるが、ここにも職人としての多くの共通性をうかがうことができるからである。
職人は個性的である。そのためイニシャルで個人を指ししめすことによって、ひとりひとりの生活が描けるように配慮した。