ござ張りの機械化と影響

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床の生産からはずれ、床の材質がわらからほかのものに変わっても、ござの張り替えは畳職人の仕事である。手仕事でやっていたころは現場で一日六枚から八枚しかできなかったが、昭和四十年代初めに機械が導入されたので、一日に一〇枚はできるというように効率は上がっている。以前は作業は現場でやっていたが、現場ではやる場所がないのと、軽トラックによる運搬手段が確保されてからはほとんどもち帰っている。朝、作業場までもち帰って、夕方にはもっていって敷きつめる。以前は道路上でもできて、車が来ればちょっと端によけて、また仕事をするというぐあいであった。そういう光景を近所の人が見ると、それじゃうちもそろそろというように宣伝効果もあった。


写真2-173 軽トラックによる畳の搬入 (上松 平成10年)

 機械化の影響は、かつては居間に使われていた縁(へり)なしの畳が、最近はほとんどなくなったことにもあらわれている。縁なしの畳が使われたのは安くできたためであるが、床にござを張る機械が導入されると、縁なしの畳のござそのものが縁付き用のござとは違うため、機械では処理できなくなってしまった。また、原材料がだんだん高価になり、機械が使えず手仕事になるので高価になり、機械化された昭和四十年代になってから使用されなくなった。以前は座敷だけに縁つき畳を使うのがふつうだったが、縁つきのほうが品もよく相対的に安価になったためにこのほうの依頼が多くなった。おもしろいことに、最近、建築雑誌で縁なし畳が取り上げられると、それが高級ということになって依頼が入ってくるようになった。しかし、高価なため別荘などに使われ一般家庭用ではなくなっている。

 四、五年前から畳作りはコンピューターで制御して、床を人力でコンベアにのせると自動裁断して縁にあわせて表を付け、縁を付けるところまでオートメーション化され、畳を入れる部屋で寸法を正確にとってくれば素人にもできるようになった。公団などの集合住宅では一棟で五、六百枚の新畳が必要になるので、機械化された事業所のほうが請け負いしやすい。機械化のメリットは人件費が高い職人を雇っておく必要がなく、床をかつぐのはだれにでもできるからアルバイトで賄(まかな)い、工程のなかでどうしても人手でなければならないところだけを、部分的に教育された職人が製品化していき、安く大量に生産できることにある。そういう工場では職人として入社して五年たっても一枚の畳を一人でやらせてもらえず、部分的な作業の繰りかえしとなる。国家検定によって客観的に点検できる限られた点で評価されるようになっていた職人のわざは、ここにいたってはもはや職人の名を用いることができないほどの微々たる局面に限定されることになった。

 川中島で畳店を経営するT氏によれば、いくら機械で張ったといっても、自分かやったのか、ほかの業者がやったのかは見ればわかる。機械のメーカーの違いによる縫い方の違いのほかに、同じメーカーであっても機械の使い方のくせが出てくるのでわかるという。「自分の作った畳であるというプライドがなければつまらない(やりがいがない)」。そういうところに職人としての気概がうかがわれる。しかし、今の顧客は技術を買ってくれることが少なくなった、という感想ももらしている。こうした顧客の側の変化も国家検定と商品への証紙の貼付(ちょうふ)などによって、それまでの職人の腕のよしあしが平均化されて、顧客が自分の目で確かめて判断しなくなったことと関連するであろう。あとに述べるように、顧客と職人とのあいだに開かれていた回路も閉ざされがちである。