裏山に増える常緑の木々

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本州の内陸部にあたる長野市周辺は、季節によってはっきりと色分けされる夏緑(かりょく)樹林帯(落葉樹林帯)に相当する。温暖で一年じゅう緑葉をつけた常緑(じょうりょく)樹林帯(照葉(しょうよう)樹林帯)とは対照的に、春の萌黄色(もえぎいろ)の芽吹きから始まって夏の深緑(しんりょく)、秋の紅葉(こうよう)、そして冬の裸木(はだかぎ)へとあざやかに変身する木々で覆(おお)われている。しかし、標高数百メートル以下の地域は年間の平均気温も高く、寒さに強いシラカシ、ツバキ、アオキ、ユズリハ、ヒイラギ、マサキなどの常緑樹が以前から庭木や公園に使われていた。当然、これらはすべて人が植えたものであって、野生種はどこにも見ることができなかった。それが最近になって、シラカシの若木があちこちの雑木林のなかに成長してきた。これも地球の温暖化のあらわれだろうか。

 信州の内陸盆地では、もともと野生の常緑広葉樹の生育は限られていた。その主となる要因は、冬の寒さで制限されていたと考えられてきた。これまでに見られた主な常緑の野生種は、暖地生のソヨゴなど二、三種にすぎない。ソヨゴは松林などに生育し、長野市近辺が県内の分布の北限となっている。木の高さはせいぜい四~五メートルだが冬には赤い実をつけ、サカキが自生しない地域では神事にも使われる。常緑のつる植物では、人家の近くでキヅタが木々に巻きつき、冬でも緑の葉をつけるので冬蔦(ふゆづた)とも呼ばれている。ツルマサキは北海道にも分布し、標高が一〇〇〇メートルをこす山地にも広く生えているので、これは寒さに強い植物だろう。

 雑木林やスギ林のなかには、ハイイヌガヤやチャボガヤ、ハイイヌツゲ、ヒメアオキ、エゾユズリハなどのやぶ状になる常緑の低木が野生している。どれも地面に伏すように柔軟なからだで、これらは日本海がわの多雪地帯だけに分布する植物たちである。寒冷な冬の季節を、かえって暖かな雪の下で生育できるように適応、分化した仲間だと考えられている。ブナの森の構成種で、したがって市内では北部に多く南にいくほど少なくなる。

 照葉樹林帯の代表樹であるシラカシは、寒さにもっとも強い常緑樹の一つとして知られている。市内でも家の庭や寺社のまわりに古くから植えられて大きくなり、とくに南斜面の集落には目立って多い。緑の葉をもつ樹木が防火の役を果たした経験から、カシの木を火事にからめて縁起木(えんぎぼく)にしている家もある。また、若里町の旧鐘紡工場の北がわには、大木となったシラカシが五輪会場の建設ごろまで何本も残っていた。最近は、冬の町のなかに緑がほしいと街路樹としても積極的に植樹しているし、長野駅前広場にも植えてある。


写真10 雑木林に成長してきた常緑樹のシラカシ

 これらのシラカシは実をつけるので、このドングリをカケスやリスなどの動物が近くの山へ運ぶのだろう。各地の冬の雑木林で緑葉をつけたシラカシが目につくようになったのは、植樹された木々が増(ふ)えて多くの実をつけるようになったことによる。そして、むかしは山の手入れがされて林の中がきれいに刈りとられていたが、いまは伸び放題であり、さらに温暖化もかさなっての複合的な結果と考えられる。

 近年になって、園芸用の常緑樹がますます増加している。これらが母樹(ぼじゅ)となって野生化すれば、やがて長野近辺の自然の景観もだんだんと移り変わっていくことだろう。