ユーラシア大陸から台湾などの山地帯にカモシカがいて、それぞれの国のカモシカは亜種になっているので、日本のカモシカの正式名称は「ニホンカモシカ」であるが、ここでは「カモシカ」の名前を使う。カモシカの名前には「シカ」という字がつくが、ウシ科の動物で、シカとは習性が本質的に異なり、群れをつくらず、それぞれが生活する範囲に「なわばり」をつくり、そのなかで単独生活をしている。もともとの生息場所は、雑木林がある山地から高山帯まで、かなり広範囲である。
カモシカは古い型の哺乳(ほにゅう)動物であるため「生きた化石」などとよばれ、昭和三十年(一九五五)に国指定の特別天然記念物になり、その後、県指定の獣として厚く保護されている。しかし、県内でも一部の地方では植林したカラマツやヒノキなどの苗が食われるので、害獣として駆除されることもある。長野市内ではほぼ全域の山地にいるが、最近、千曲川や犀川の河畔(かはん)の畑や果樹園、さらには山地に近い水田地帯にまであらわれるようになった。こんなカモシカをみて、「山のカモシカが増えすぎたからだ」という人もいるが、実はこの逆で、いま山地の植林地も雑木林も、ほとんど手入れをしないので、林床にあるべき幼木や草が生育していない。つまりカモシカの餌になる木や草がないので、餌を求めて畑地帯に来たのである。
カモシカは、自分のなわばりのなかにかならず「脱糞(だっぷん)所」をもち、つねにそこに脱糞しているので、糞が山積みになっている。私たちはこのような糞のたまりをカモシカの「ため糞」とよび、カモシカ生息の目じるしとしている。
いま、市内の山地へ行っても、この「ため糞」がきわめて少なくなっている。雑木林や森林をきちんと手入れしたり、むかしやっていたような雑木林を切り、薪をつくったりする営みは、おのずと野生の生きものを保護していたのである。