生活の変化は、第一次産業主体から第二次・第三次産業への移行という生業(なりわい)の変化だけではない。それにともなう生活のあり方全体におよぶ変化である。かつて、自然の推移を基盤としながら、家族や地域社会の人びとが共有する一年を単位とする時間のなかで営まれていた生活は、しだいに一週間あるいは一日を単位として、分刻みのなかで、時間に追われる生活に変わってきた。しかもその時間は個人ごとに異なっていた。家内安全・五穀豊穣(ほうじょう)・商売繁盛を願い、あるいは感謝した祭りは、生活の個別化のなかで、複雑化せざるをえなくなった。祈願も、感謝も個別化せざるをえなかったのである。日常生活の個別化は、非日常であるハレの個別化でもあった。「長野びんずる」の中心が、個々人のさまざまな関係にもとづく「連(れん)」によったのも理由のないことではなかったのである。