16力丸村

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 元禄郷帳の村高五〇〇石六斗八升五合で、幕末まで変わらない。寛政五年の家数四三軒、地頭は伊沢内記・武田与五郎の二人で、この支配関係も幕末まで変わらない。維新前の支配関係を示す『旧高旧領取調帳』には、伊沢力之助三九三石一斗八升、武田晴之丞一〇七石五斗五合と記されている。
 『上総国町村誌』によれば、明治二二年の戸数四一、人口一八〇、馬一五、段別九六町九段三畝五歩、氏神石上神社、寺は神力山妙教寺、観音山本成寺、薬王山番田寺、八木山浄林寺いずれも日蓮宗である。