保温折衷苗代の普及

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保温折衷苗代というのは、畑苗代と水苗代とを折衷した温床苗代という意味である。この苗代の開発は、一人の篤農家のひらめきと、とことんまで追求する探究心によって生まれたという。(4)
 長野県軽井沢、標高千米に近い火山灰土壌の水田で米づくりに取り組んでいた荻原豊次さんは、野菜の温床にまぎれこんでいた数本の稲苗を発見した。それを本田に移植したところ、生育が極めて良好だった。戦前のことである。そこで荻原さんは、野菜の苗床に種籾をまき、油障子で保護して作った苗を田植することをくり返し実験した。これを聞きつけた長野県農事試験場の岡村勝政主任技師は、それから荻原さんと二人三脚で、この画期的な技術を完成させたのである。
 これが体系化されたことによって、戦後の米づくりは、飛躍的な増収をもたらした。その理由は何か。
 日本は、温帯に位置するといっても、夏は熱帯夜という言葉で表されるように、その高温多湿なことは、熱帯以上であるといえる。この時期をフルに使えば、稲の成育にとっては十分すぎるのである。しかし、東北、北海道や高冷地では、しばしばこの時期に稲の生育を適合させることはできず冷害に会うのである。また西南暖地では、台風シーズンに開花期を迎えて大きな被害をうけてきた。それをさけるためには、収穫期をくり上げればいい。それには、まだ気温が低い時期に育苗しなければならない。これを、保温折衷苗代がみごとに解決してくれたためである。
 さて、本町に於ける保温折衷苗代の導入はどのように行なわれたのであろうか。
 昭和二五年(一九五〇)県では、農林省の奨励方針に基づいて、補助金の交付が認められたので、農林省近藤頼己技官の書かれたパンフレットを農業改良普及員に配布し、それに基づき各町村で次の条件に合う農家を選定して試作に当たらせた。
 (イ) 健苗育成に意欲をもつこと。
 (ロ) 農事研究会や、篤農家など旺盛な研究心をもつこと。
 (ハ) 中以上の農家であること。

 これにより、風戸嘉一(長柄)さん大野光司(水上)さんなどが選ばれ試作に当った。
 ついで、二六年には、茂原農業高校に各町村代表を集め、保温折衷苗代づくりについての講習会を開き、試作を奨励した。
 更に、二九年一二月二九日、水稲健苗育成施設普及法という法律ができ、資材のほか、種子代や農薬代にも補助金を出すことがきまり、対象地域の中に長柄町も加えられた。
 一方、二五年―二七年には、部落座談会を開き、試作展示の意味も含めて普及に努めた。
 そして試作希望者を募ったところ、日吉、水上に少しの申込みがあり、二九年になって、漸く、長柄日吉水上三村に普及したが、その普及率は、全水田面積に対し、長柄村一・二%、日吉村三・九%、水上村一・五%と長生郡平均三・六%にくらべると低いものであった。
 ところが、保温折衷苗代による早期栽培の効果が実験的に証明されたことや、(5)早期栽培技術指導が徹底したことにより、昭和三〇年(一九五五)から急速に普及し、表1の示すように、三三年には、五八・九%とほぼ六割の水田に普及したのである。
 
表1 保温折衷苗代普及状況(千葉県統計)
 昭26272829昭和30313233同普及率
(長柄町)長柄日吉水上長   柄   町
実施本田面積
同苗代面積
助成面積



40坪
40

40坪
40



60坪
60





60
60


3町
320坪
320
12町
1,200
1,200
4町
400
360
830町
8,258坪
6,658
1,676
15,052
3,145
31,400
4,650
40,590
58.9%


 
 その後も、更に普及、昭和三五年頃には、全町に及んでいる。なお、農作業の時期も、2表の示すように、明治から戦前は、四月上旬から一二月中旬までかかっていたものが、現在では、三月下旬に種をまいて、八月下旬にはほぼ収穫を終り、おそくも九月中旬には供出もすますといったスピードで、ほぼ三か月は短縮されている。(6)
 こうして、揚床短冊苗代から、保温折衷苗代にかわった育苗様式も、最近では、育苗器による育苗へと進み、苗つくりから米袋へ入るまですべての作業が機械化されたのである。
 最後に参考のため、水田早期栽培技術指導要項(7)(昭和三三年千葉県)及、長生郡保温折衷苗代面積の変せんの表(8)を別に揚げておく。
 

 

   註
1 日本農業の再定見、NHKブック。
2 明治三五年「長柄山稲作改良励行組合規約による」長柄 部落所蔵。
3 「明治三六年徳増区稲作改良励行組合規約による」増田義朗家蔵
4 『コメは証言する』林信郎著
5 次頁の表を参照
6 二一三頁の表を参照
7 二一四頁を参照/div<>
 
5 昭和29年 展示圃実験成果表(千葉県)
郡別展示圃実
施個所数
最低収量
の比率
最低収量を示した
展示圃の反当収量
最高収量
の比率
最高収量を示した
展示圃の反当収量
調査展示
圃の平均
収量比率
保温折衷水苗代保温折衷水苗代
海上郡1493.8%461.3kg492.0kg132.0%558.4kg422.3kg117.3%
匝瑳郡2995.3 475.1  498.4  132.0 417.4  316.1  102.4 
長生郡10101.6 393.0  387.0  117.4 368.6  313.9  106.1 
夷隅郡5107.5 322.5  300.0  135.3 570.0  420.0  126.1 
市原郡2105.9 516.4  487.5  114.9 453.0  394.5  121.7 
千葉郡11106.6 480.0  450.0  144.9 639.0  411.0  119.6 
東葛飾郡297.3 478.1  491.3  116.6 420.0  360.0  107.9 
83

 
 
前記83点の平均反当増収量34.5kg(2斗3升)同増収率は108.0%である。
又これを品種別に区分した収量は次の如くである。
品種名保温折衷苗代によ
るものの反当収量
慣行法によるも
のの反当収量
増収率
農林1号
ギンマサリ
ヤチコガネ
農林29号
449.8kg
499.5  
491.5  
477.6  
411.8kg
408.8  
426.2  
429.8  
110.3%
122.2 
117.0 
111.1 

 
 
註6 植付時期の変遷(千葉県)
 月日
4.204.21~
4.30
5.1~
5.10
5.11~
5.20
5.21~
31
6.1~
6.10
6.11~
6.20
6.21~
6.30
7.1~
7.10
250.239.854.75.00.3
260.10.40.839.953.74.80.3
270.30.60.942.153.02.90.2
280.10.42.513.347.233.52.80.2
290.20.712.418.651.416.00.7
300.42.723.542.030.50.80.1
310.10.94.726.255.212.50.4
320.38.813.445.229.03.20.1
330.39.721.056.212.10.60.1
399.044.033.011.03.0
438.551.228.810.31.2
4417.845.626.17.81.5
注 水田面積に対する時期別植付面積比率%

 
 註7       ◎ 水稲早期栽培技術指導方針(要項)
                        (昭和31年12月,昭和33・11・改)
 (1)適品種の選定
 予めその栽培目的を明確にしておいて,その目的に合った熟期の優良品種を選定すること。
 従来本県の試験成績から見ると
  8月いっぱい収穫のもの
   ホウネンワセ 農林1号
  8月上旬収穫のもの
   農林41号,たかね錦,ギンマサリ,ヤチコガネ,コシヒカリ
  9月中旬収穫のもの
   農林29号,キヨスミ(但しビニールトンネル苗代を利用する場合)
 (2)育苗様式と播種期,田植期との関係
  育苗様式       播種期     田植期     備考
イ ビニールトンネル苗代 3月3半旬~5半旬 4月4半旬~6半旬 植付時の苗齢
ロ 保温折衷苗代     3月6半旬~4月2月旬 5月1半旬~4半旬 4~5葉完全葉
ハ 育苗器による育苗   前期イ.ロよりもそれぞれ5~3日程度おくれて播種し仮植はイ.では換気初じめ,ロ.では除紙期に行えば,田植はイ,ロと同一時期に行うことができる。その外ポリエチレン又はビニールのベタ掛苗代の場合は保温折衷苗代の育苗期に準ずる。
 (3)苗代の播種量及び施肥法
 坪当り0.54L播を標準とするが,完全葉4~4.5齢で植付播けるものでは,播種量を0.72L程度に高めても差支えない。
 ただし植付けがやむなく5~6齢以上に及ぶものでは,予め0.36~0.45L(2~2.5合)程度の薄播とする。
 苗代肥料は速効性肥料を主体に,坪当り硫安で280~360g程度,過石240~320g,塩加120~160g程度とする。この場合育苗時期の早いもの,畑苗代ではチッソ及びリンサン質肥料を多目に施す。施肥法は元肥重点とするが,チッソは苗の生育状況により適宜分施を行うようにする。
 (4)栽培様式と栽植株数
 ホウネンワセなどの早生品種では,なるべく早く穂数を確保する上から,密植の効果が高く,土地条件に応じて坪当り65~80株程度の1株苗数2~3本とし,株間を18cm程度の正方形またはそれに近い長方形植とする。
 熟期のおそい品種では,坪当り60~65株程度とし,特に無効分けつの抑制を考慮して並木植,二条並木植の様式が考えられる。
 
註8 長生郡保温折衷苗代面積変遷表(千葉県)
市町村名
(郡小計を含む)
(a)
昭和29年
水稲
作付面積
25年26年
実施
本田面積
同左
苗代面積
助成面積実施
本田面積
同左
苗代面積
助成面積
茂原市
1,815


15

15

3

317

317
一宮町5094040
土睦村5174040
長生村91115153335335
白子町885165651100100
豊岡村408202015050
本納町590150503280280
長柄村250
日吉村3074040
水上村2684040
長南町1,4742205205
郡小計6,1192150150101,1301,130
 
27年28年29年
実施本
田面積
同左
苗代面積
助成面積実施本
田面積
同左
苗代面積
助成面積(b)実施本
田面積
(b)/(a)同左
苗代面積
助成面積

6

600

600

9

910

910

138
%
7.6

13,780

12,830
57070437037081.6810500
20.4180160
111,1101,110111,1061,101374.03,6803,680
43553553250250262.92,5801,200
32802803320320409.85,0004,000
54964967730730518.65,0513,520
31.2320320
1606016060123.91,2001,000
41.5400360
32602603270202362.43,6043,180
232,6212,621323,1062,9852193.621,82517,920

 
 
市町村名水稲
作付面積
30年
実施
本田面積
同左
苗代面積
助成面積
茂原市1,8643,79037,93432,618
一宮町5432802,8032,624
睦沢村8202201,9401,883
長生村8561,28012,75010,721
白子町8842302,2851,228
本納町9622,24022,39318,739
長柄町7898308,2587,658
長南町1,4301,07010,6819,545
小計8,1489,94099,04485,016
 
31年32年33年
実施
本田面積
同左
苗代面積
実施
本田面積
同左
苗代面積
実施
本田面積
同左
苗代面積
普及率
5,45054,4439,10685,70012,170121,70065.3
7327,8671,96018,5003,45033,83263.5
5955,9502,40024,0002,78025,67533.9
1,81718,6733,78535,2005,19051,89860.6
5505,4971,84015,6003,50034,98739.5
3,79836,8366,00052,0006,00062,00062.3
1,67615,0523,14531,4004,65045,59058.9
2,17721,7675,26752,0006,47064,68045.2
16,845165,08533,503314,40644,210440,36254.2